熱狂と幻滅の波を繰り返してきた米国の姿を凝縮して見せてくれる町
2026/07/13 08時30分公開
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高城未来研究所【Future Report】Vol.786(2026年7月10日)近況
今週は、アシュランドにいます。
オレゴン州の南端、カリフォルニアとの州境にほど近いローグ・バレーの奥にある人口はわずか二万人ほど。周囲を深い森と山々に囲まれ、シャスタ山を南に望むこの町は、一見すると何の変哲もないアメリカ西海岸の田舎町です。
けれどアシュランドは、その規模からは想像もつかないほど、幾重にも折り重なった顔を持つ、実に魅力的かつ不思議な場所で、事実、僕もこの二年で四回も訪れています。
まず特筆すべきは、自然との距離の近さです。夕暮れどき、町の中心地を歩いていると、商店街の店先や劇場へと続く小道を、鹿が悠然と歩いているのに出くわします。一頭や二頭ではありません。家族連れの鹿が、まるで自分たちもこの町の住民であるかのように、人間の暮らしのすぐ隣を歩いている。車が近づいても、さほど慌てる様子もない。観光客は驚いて立ち止まり、地元の人々は当たり前の光景として通り過ぎていく。
ここでは人間の生活圏と野生の生命圏とのあいだに、はっきりとした境界線がないのです。庭のバラを食べられてしまうと住民は苦笑いしますが、それでも鹿を追い払おうとする者はいません。人と獣とが、何の緊張もなく同じ通りを共有している。この穏やかな共存の風景こそ、アシュランドという町の底に流れる気質を、何より雄弁に物語っているように思います。
そして、この小さな町を世界の地図に刻み込んできたのが、シェイクスピア・フェスティバルです。正式にはオレゴン・シェイクスピア・フェスティバル。その始まりは一九三五年、たった二つの演目を屋外の舞台で上演する、ささやかな夏のイベントにすぎませんでした。
それが時を経て、いまや全米でもっとも尊敬される非営利劇団のひとつに育ち、三つの劇場で年間十本もの作品を回す壮大なレパートリー・シアターに成長しました。ヨーロッパの伝統的な劇団のように、同じ俳優たちが複数の演目をかけもちで演じ、観客は一度の滞在で何本もの舞台を観る。
アメリカではきわめて珍しい本格的なレパートリー方式が、九十年にわたってこの町の誇りであり、経済の柱であり続けてきました。人口二万人の田舎町に、毎年何十万人もの観客が、シェイクスピアを観るためだけに遠方から訪れる。今年のシーズンも『夏の夜の夢』や『ヘンリー四世』が野外劇場にかかり、9・11の実話をもとにしたミュージカルや、黒人家族の苦闘を描いた名作が屋内の舞台を彩っています。ここには、なにも特徴がない場所に、多くの人を集める観光業のヒントが詰まっています。
そして近年、このシェイクスピアの町は、まったく別の顔で知られるようになりました。サイケデリック、すなわち幻覚性物質による精神療法の一大拠点となっているのです。
きっかけは、二〇二〇年にオレゴン州が住民投票で可決した「措置一〇九号」でした。マジックマッシュルームに含まれる幻覚成分シロシビンを、療法目的で合法化するアメリカで初めての試みです。ただし、これは全米で続々と続く大麻のような娯楽的な解禁とはまったく異なります。
自宅での使用や販売は認められず、州の認可を受けた「サービスセンター」で、訓練を積んだ医師やファシリテーターの監督のもと、事前セッションを経てはじめて摂取が許されます。二〇二三年にサービスが始まって以来、オレゴンはすでに一万五千人を超える利用者を数え、世界最大の規制下シロシビン臨床データを蓄積しつつあります。
そして、そのアシュランドが、いまや世界屈指のシロシビン・ツーリズムの拠点となっているのです。この小さな町に、いくつものサービスセンターがひしめき合い、興味深いのは、その利用者の多くが州外からの訪問者だという点です。あるセンターは、クライアントのおよそ八割がオレゴン州外から来ていると報告しています。
全米の各州がいまだ厳しく規制するなか、合法的にシロシビン体験ができる数少ない土地として、アシュランドは新たな巡礼地となりつつある。シェイクスピアを観にくる観客と、意識の変容を求めてやってくる人々とが、同じ小さな町の通りですれ違い、四百年前の戯曲と、最先端の精神変容技術とが、鹿の歩く同じ町で同居する。この奇妙な多層性が、いまのアシュランドなのです。
そして、忘れてはならないのが、その一歩手前でこの地域に起きた、もう一つの「ラッシュ」です。二〇一〇年代後半、このローグ・バレー一帯は、いわゆる「グリーンラッシュ」の震源地となりました。オレゴンが二〇一五年に嗜好用大麻を合法化すると、温暖で日照に恵まれたこの州南部地域には、大麻とヘンプの栽培農家が雪崩を打って押し寄せたのです。
かつて洋梨とワイン用ブドウの産地として知られたジャクソン郡では、いつのまにかヘンプがその両方を抜き去り、最大の農作物となりました。二〇一八年からわずか数年で、州全体のヘンプ栽培面積は四倍以上に膨れ上がったといいます。丘という丘が、ビニールハウスと大麻草で埋め尽くされていきました。
けれど、この熱狂は長くは続きませんでした。栽培過剰によって価格が暴落し、合法市場は苦境に陥ります。それと入れ替わるように、ヘンプ栽培を装った違法な大麻農園が急増し、なかにはカルテルが関与する大規模農園まで現れました。
水資源が違法に奪われ、環境が荒らされ、治安が悪化する。ジャクソン郡はついに非常事態宣言を出すに至り、当局は数年がかりで百万株を超える大麻を押収・破棄し続けることになります。夢のような「緑の熱狂」は、あっという間に、後始末に追われる現実へと変わっていったのです。
こうして眺めてみると、アシュランドという小さな町は、アメリカという国が繰り返してきた「ラッシュ」の縮図のように見えてきます。ゴールドラッシュに始まり、グリーンラッシュ、そしていまはサイケデリック・ラッシュ。新しいフロンティアが開かれるたびに、人々は一攫千金や新たな救済を求めて殺到し、熱狂し、やがてその多くが去っていく。
西部開拓以来、この国はずっと、こうした熱狂と幻滅の波を繰り返してきました。アシュランドは、その波を、人口二万人という小さな器のなかで、まるで実験室のように凝縮して見せてくれる町なのです。
ちなみにアシュランドの夏は、温暖夏季地中海性気候に区分され、日々天気は最高です!
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.786』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
高城未来研究所「Future Report」編集部