自分の人生を、自分で選べる自由

2026/08/24 08時30分公開
高城未来研究所【Future Report】Vol.792(2026年8月21日)近況
今週も、イビサにいます。

去る8月18日は、僕の62歳の誕生日でしたが、とても珍しいプレゼントがありました。

先日、イビサからバルセロナへ戻るため空港へ向かうと、片道数千円で買ったLCCが、搭乗直前になって突然の欠航。しかも、ヨーロッパ中がバカンスへ繰り出す夏のピークシーズンとあって、振替便は早くても2日後だと言うのです。
普段なら頭を抱える場面ですが、ここはEU圏。EUの航空旅客権利規則により、欠航で足止めされた乗客の宿泊費も食事代も、空港とホテルを往復するタクシー代も、すべて航空会社が負担する決まりになっています。

つまり、数千円の航空券が、イビサの夏休みを数日分、無料で延長してくれたのです。

航空券の何倍もする一泊6万円程度のホテルに泊まり、海辺でゆっくり食事をして、予定がない島の時間のなかでゆっくり過ごす。まるで島に「まだ帰るな」と言われているようで、僕は素直に従うことにしました。
後述しますが、イビサという島は昔から、客を簡単には「卒業」させない島であり、今回の足止めは、その象徴のようにも思えました。

振り返れば、もう40年近くこの島に通っていますが、この数年、イビサは大きく変貌したと感じています。正確に言えば、パンデミック前まで続いていた「巨大クラブ、ビーチハウス、VIP、ヨット、ヴィラ」という高級化の延長線から、明らかに次の段階へ入りました。それが、世界に類を見ないあたらしい農業の形です。

だからといって、昔ながらの農業に戻ったという話ではなく、クラブで遊んでいた人たちが年齢を重ねて畑仕事を始めた、という牧歌的な話でもありません。いまイビサで起きているのは、農業そのもののラグジュアリー化です。
90年代から2000年代にこの島で遊んでいたセンスの良い人たちが、そのセンスを元手に音楽、ファッション、金融、メディア、テクノロジーなどで成功し、資本を持ち、家族を持ち、今度はその資本と審美眼を土地や正しい食へ向け始めているのです。

これは、イビサが「顧客と一緒に成長してきた」結果だと僕は見ています。健康なんて気にしなかった20代には朝まで踊れるクラブで遊び、30代になるとVIPテーブルやビーチハウスで楽しみ、40代にはヴィラやヨット、50代になるとウェルネス、オーガニックフード、アグロツーリズモ、再生農業という新しい選択肢が用意されている。
普通のパーティーリゾートなら、顧客が歳を取ったところで卒業していきますが、イビサはそう簡単には卒業させません。顧客の所得とライフステージが上がるたびに、その人たちが次に欲しがる自由サービスを、商品として追加してきたのがイビサです。

その最前線のひとつが、あたらしい宿泊施設である「Aguamadera」です。かつてイビサを象徴したクラブPachaが、パンデミックを機にブランドごとファンドへ売却し、その資金を元手に代替わりして始めたアグロツーリズモ。そこにあるのは、巨大なダンスフロアや日々入れ替わるDJではなく、広大な畑や静けさ、そして週ごとに入れ替わるシェフたちでした。
初めは僕自身の年齢のせいで、これが楽しいと感じるのかとも思いましたが、宿泊客を見ていると30代後半から40代が大半を占めており、時代の関心と潮流がここにあることがよくわかります。
僕自身、15年ほど前にはギネスブックに載る世界一の大型クラブPrivilegeでレジデントDJをしていましたが、その15年後に同じ島の拠点にしているのが畑の中のアグロツーリズモだという事実は、イビサの現在地を象徴しているようで、感慨深く感じています。

そもそもアグロツーリズモとは、単に田舎にあるホテルのことではありません。農場やワイナリー、果樹園などの一次産業を核に、宿泊、食、地域文化、自然体験をひとつに束ねた農業プラットフォームです。従来のホテルが土地の上に建物を置いて客室を売るのに対し、アグロツーリズモでは土地そのもの、そこで生産される食材、その土地の暮らしや時間が商品になります。
イビサにはAtzaroのような先行例が以前からありましたが、パンデミック以降、農業は単なるホテルの背景ではなく、文化の中心へと移動し始めました。

この流れは、イビサだけの特殊事情でもありません。再生農業とラグジュアリー旅行を組み合わせる「farm hospitality」は、いま世界的なウェルネストラベルの新しい潮流になっています。食べる、泊まる、自然に触れるだけでなく、どんな土壌で、誰が、どう作ったものを食べるのかまで含めて体験価値にする。従来のラグジュアリーが「どれだけ豪華なものを所有できるか」だったとすれば、次のラグジュアリーは「どれだけ良い土地、良い食、良い時間にアクセスできるか」へ移りつつあるのです。

そして、イビサはこの変化と非常に相性がいい。なぜなら、この島は昔から「自由度」を売ってきたからです。90年代は、気兼ねなく朝まで踊れる自由がありました。2000年代には、VIPルームで好きな人と過ごせる自由になり、その後は、ヴィラやヨットで人目から離れられる自由になった。そして今、その自由は、単なる美食ではなく、自分が食べるものがどこでどう作られたかまで選べる自由へと拡張しています。

だから、いまイビサで農場が注目されているのは、農業回帰やノスタルジーとして見るより、クラブのVIPルームで磨かれた「人を選び、空間を編集し、自由度を高める」という審美眼が、農業へ移植され始めたと見るべきです。僕には、まるでクラブのVIPルームが畑へ移動したように見えています。

そして、この動きのもっとも興味深いところは、昔イビサで遊んでいたセンスの良い人たちが、成功した後に島へ戻ってきている点です。彼らは若い頃、まだGoogleもInstagramもない時代に、自分の感覚だけを頼りに「次に面白いもの」を探していました。そのセンスを仕事へ持ち込み、ビジネスで成功し、今度はその資本を次の価値へ向け始めている。

それが土地であり、食であり、再生農業です。イビサは、顧客と一緒に成長し、そして今、その顧客たちが次に何を欲しがるのかを、また少し先に見せ始めています。
夜から昼へ、消費から生産へ、シャンパンから土へ。

けれど、その本質は40年前からあまり変わっていないのかもしれません。その時代でもっともセンスの良い人たちを引き寄せ、その人たちが次に欲しがる自由を、誰よりも早く形にする。クラブであれ、ヴィラであれ、ヨットであれ、農場であれ、イビサが売っているものは結局ひとつ。

自分の人生を、自分で選べる自由なのです。

そして、この島に自由がある限り、僕は何歳になってもここに通い続けるでしょう。

なにしろ、島の方が僕を帰してくれないのですから。

(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.792』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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