いま静かにアメリカを覆うマンジャロ・エフェクト
2026/07/27 08時30分公開
0-
0
高城未来研究所【Future Report】Vol.788(2026年7月24日)近況
今週も、アシュランドにいます。
近隣のスーパーマーケットへ出向くと、パンデミック前とくらべて明らかに肥満の人が減っています。もちろん、健康志向やルッキズムの高まりもあるのでしょうが、それだけでは説明のつかない、社会全体の輪郭が引き締まっていくような変化を、通路を歩きながら肌で感じます。これが、いま静かにアメリカを覆っている「マンジャロ・エフェクト」です。
「マンジャロ」は、イーライリリーのGIP/GLP-1デュアルアゴニスト、いわゆる痩せ薬ですが、現在、アメリカ人のおよそ十人に一人が、この種の体重減少薬を使っています。もともと2型糖尿病のために設計された薬が肥満治療へと爆発的に拡がり、社会そのものを文字どおり「軽く」しはじめました。そしてその余波は、誰ひとり予想していなかったあらゆる場所に現れています。
まず、空を飛ぶコストが下がりました。乗客が痩せれば、機体が軽くなり、燃料が減る。ジェフリーズの試算では、社会が一〇%痩せると乗客総重量は二%下がり、燃費は一・五%改善すると発表。アメリカ上位四社のアメリカン、デルタ、サウスウエスト、ユナイテッドが節約できるジェット燃料は、年間およそ五億八〇〇〇万ドル。かつてサラダのオリーブから種を抜き、機内誌の紙を薄くしてまで一グラムを削ってきた航空業界が、乗客の胴回りという「制御不能だった変数」を、はじめて味方につけ始めています。
次に食品会社の業績が不調です。人々の食べる量が減れば、食べものを売る企業の売上が減るのは明白で、ハーシーズ、コンアグラ、ゼネラル・ミルズなど、アメリカの食卓を長年支えてきた名門たちの株価が、軒並み落ちていきました。これは単なる景気循環ではなく、もはや需要そのものの構造的変化だと考えられています。
そして、ひと晩で巨大な美容産業が生まれました。急激な体重減少は、一部の人にやつれた、こけたような顔貌をもたらします。人々はそれを「マンジャロフェイス」や「オゼンピック・フェイス」と呼び、これを補うための経済圏が急遽出現しました。新しいスキンケア、美容施術など、ネスレまでがGLP-1用コラーゲン・サプリを出すまでに急拡大中。薬が生んだ「欠け」を別の商品が埋めていき、最近は、スマートリングやスマートウォッチにもGLP-1が指標として登場しています。
また、酒とソフトドリンクが大打撃を受けています。この薬を使う人の飲酒量は大きく落ち込み、モルガン・スタンレーは今後十年で炭酸甘味飲料とビールを含むアルコール類の需要が大きく縮むと発表しました。あわせて飲食店の客足もすでに減りはじめています。現在、インフレと合わせて「マンジャロエフェクト」が、飲食産業全体に多大な影響を及ぼしはじめています。
いったい、その失われたお金は、どこへ消えたのでしょうか。市場から出ていったわけではありません。ただ、薬をつくった企業イーライリリーへ移動しただけ。同社の株価は数年で三倍まで膨らみ、時価総額にして数千億ドルを一気に積み上げました。
そして、イーライリリーは糖尿病、肥満に革命を起こしたのに続き、次に飲み込もうと向かった先が、先週お伝えしたようにサイケデリック産業です。つまり、「マンジャロ」で稼いだ資金を精神世界へと巨額投入し、全米にサイケデリック革命を起こそうとしているのです。
先日、イーライリリーが買収して手に入れたBPL-003(5-MeO-DMTの合成鼻腔内投与剤)は、これまでの点鼻型エスケタミンの週二回の反復投与と、その都度の長い監視時間を要する「通い続ける」薬であるのに対し、単回投与で数ヶ月にわたって効果が持続するのが特徴です。リリーが見据えるのは、現代人の大半が抱える社交不安、PTSD、依存障害、大うつ病性障害などをめぐる巨大な適応拡大マーケットに他なりません。
アメリカ人が食べ方を変えた次は、いよいよ精神世界を大きく変える時代。
果たしてこれが、どのような社会的効果をもたらすのでしょうか。
きっと、そう遠くないうちに「サイケデリック・マンジャロ」が登場するのだろうな、と考える今週です。
乾燥している真夏のオレゴンでは、山火事が増えました。
遠くの空が少しスモーキーです。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.788』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
高城未来研究所「Future Report」編集部