オーバーツーリズム問題の解決を阻む利権争い
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高城未来研究所【Future Report】Vol.664(2024年3月8日)近況
今週は、京都、神戸、金沢をまわっています。
今年の元旦に発生した能登半島地震によって、この冬の金沢観光は壊滅的状態に陥りましたが、現在ではインバウンドを中心に観光客も徐々に戻りつつあります。
一方、京都はコロナ禍を経て、落ち着いていたオーバーツーリズム状態が少しづつ再燃しており、先月行われた京都市長選の争点のひとつだったこともあって、ホテルや旅館の宿泊客から徴収する宿泊税を2年後をめどに引き上げると発表されました。
宿泊税は京都市のほか、東京、大阪、福岡の3都府県と5市町で導入されており、徴収した税金は景観保全やトイレの整備などに使われています。
京都市では2018年10月から、1人当たり1泊2万円未満で200円、2万円以上5万円未満で500円、5万円以上で1000円を課税。
上限額の1000円は全国で最も高い税となりますが、実はいくら宿泊税を値上げしてもオーバーツーリズム対策に功を奏しません。
現在、オーバーツーリズムに関する書籍を執筆中でして、昨夏から秋の観光シーズンを通じて何度か世界一の観光都市バルセロナを中心にスペイン各地を回り、いまや「観光公害」とまで言われるようになったオーバーツーリズムの現状と対策、そして未来について取材を行いました。
スペインは世界有数の観光大国で、海外からの観光客数はフランスに次ぐ世界第二位ですが、都市別の人口一人当たりの観光客の数はバルセロナが世界一です。
ですが、バルセロナは京都のように古い歴史や建物を持つ街ではなく、有名なサグラダファミリアも1882年着工ですので、わずか140年前、日本でいえば明治中期の建造物で、現在も建築中です!
バルセロナは1992年のスペイン初のオリンピック開催後に観光都市へと急成長し、さらには僕が住んでいた2009年にエル・プラット空港の新ターミナルが完成。
ここに次々とLCCと呼ばれる格安航空会社が就航し、観光バブルが本格的にはじまります。
実は世界的な観光都市として台頭したのは、この15年のことなのです。
オリンピック前には年間170万人ほどしかいなかったバルセロナを訪れる観光客(ビジネスマン含む)は、現在、日帰り客などを入れると年間観光客数は約3200万人を上回り、あっという間に地域住民160万人の約20倍にものぼる観光客が訪れるようになりました。
また、バルセロナの目抜通りランブラス通りには一年間に延べ一億人が通行しており、現在、その大半が観光客です。
これは明らかにキャパオーバーであり、地域住民がオーバーツーリズムに悩まされている現状が理解できる数字です。
こうして観光大国としてもオーバーツーリズムとしても先進するバルセロナでは、これから京都が行おうとしている宿泊税の値上げを、早い段階からオーバーツーリズム対策として取り入れ、緩和しようとしてきました。
2012年にバルセロナ市はヨーロッパの中でも有数の高い水準の宿泊税を導入し、パリやローマなどの歴史都市かつ首都よりは低いものの、多くのヨーロッパの都市よりも高い宿泊税を徴収しました。
この結果、オーバーツーリズムは解消せず、単に市政府の税収が潤うだけに過ぎませんでした。
なぜなら、宿泊しない観光客に課税できないからに他なりません。
一昨年の京都市における観光客動向等の調査結果によりますと、年間観光客数4361万人に対して宿泊客は969万人に過ぎず、そのうちのおよそ10%が修学旅行生です。
この数字を見る限り、先行するバルセロナ同様宿泊税を導入しても、オーバーツーリズム対策は功を奏しないのは明らかです。
では、なぜバルセロナも京都も宿泊税を導入しようとするのでしょうか?
その理由は明らか。
政治家のパフォーマンスとより多くの税金を獲得するのが目的です。
2015年にバルセロナ初の女性市長となり、どの都市より先に地域住民に対する観光公害について手を打ってきたアダ・コラウ市長は、昨年選挙に破れました。
アダ・コラウは、リーマンショック後の2009年にバルセロナで設立された「住宅ローン被害者の会」(PAH)の創設メンバーとして、住宅の権利を擁護する草の根団体の活動家でした。
その後、庶民を救うヒーローが如く華々しく市長に就任。
コラウは、「バルセロナをきれいな町に再生させる」と宣言し、観光客の増加にともなう住宅問題を解決すべく、観光客に人気が高いエリアにおけるバルやカフェテリアなどの開設を禁止します。
同時に急速に増えていた違法な民泊の取り締まりに着手。
民泊をライセンス制にし、ライセンスのない民泊をAirbnbなどのプラットフォームから排除させ、違法な民泊に罰金を科すなど、オーバーツーリズムのための政策を次々と打ち出しました。
当選翌年の2016年には、AirbnbとExpedia傘下のHomeAwayに60万ユーロの罰金を科すべく訴訟手続きを開始し、違法な宿泊所の罰金を6万ユーロから60万ユーロに引き上げるなど、世界でも類を見ないほど強硬にオーバーツーリズムと対峙していました。
2018年にはAirbnbなどのプラットフォーム上のリスティングが合法であるかどうかを確認するための「ホスト識別システム」を導入して違法民泊の取り締まりを強めたことで、バルセロナ中心部の観光用ベッドの数はわずか1年で1000床も減少。
その後も観光客の宿泊を目的としたマンションの固定資産税を引き上げ、同類のマンションの新たな認可をやめるなど、観光への取り締まりの手を緩めません。
しかし、アダ・コラウ政権の政策を受けて数十件のホテル建設プロジェクトが中止になったことなどで、既得権益を持つ地場の建設業やAirbnbやExpediaなどの旅行グローバル・プラットフォームから対立候補への支援などがあり、結局選挙に破れます。
つまり、オーバーツーリズム問題は、一見「地元に暮らす人々 vs 観光客」に見えますが、本質的には「地元に暮らす人々 vs 地元の既得権者」の争いに他なりません。
それゆえ、先月行われた京都市長選も戦後はじめて革新vs保守の戦いではなく、利権を奪い合う保守vs保守となったのです。
これから本格的に旅行シーズンへ突入する京都や金沢。
国家が成熟すれば保守へ傾倒するのと同様、古い町はより保守化し、変化を好まなくなるものです。
オーバーツーリズム問題は、この点に集約されていると考える今週です。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.664』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。