街づくりの鍵はその地域のトップのセンス次第
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高城未来研究所【Future Report】Vol.751(2025年11月7日)近況
今週は、バルセロナにいます。
地中海の風が少し冷たくなり始め、街全体が冬支度を始めるこの季節は、一年の中でも特に好きな時期です。日中は23度と心地よく、まだまだTシャツの人が多いのに、街はクリスマス・イルミネーションの準備に忙しなくなりはじめ、バルセロナという都市が本来持つ魅力的な顔を取り戻す季節でもあります。
そんな中、今週この街では、二つの大きなイベントが開催されました。ひとつは「ガストロノミー・フォーラム・バルセロナ」、もうひとつは「スマートシティ・エキスポ・ワールド・コングレス」です。
カタルーニャ地方、特にバルセロナは、いまや世界の食文化の中でも独自の位置を築いており、今回のフォーラムでは、「ニュー・カタルーニャ料理」という言葉があちこちで見られました。これは、伝統的な地元の食材や技法を尊重しながら、そこに新しい感性とテクノロジーを加えて再構築するという流れを指しています。分子ガストロノミーの旗手だったフェラン・アドリア以降、この地域では食の再編集が続き、それがいま成熟の段階を迎えていると感じています。
特に興味深かったのは、分子料理のパッケージ化です。今まで、もしくは今も分子料理は特別な器具を使った特別な調理法でした。しかし、近年の料理テクノロジーの著しい進化と著名シェフたちの協力により、パッケージ化された食材を使えば、飲食店に昨日入ったアルバイトでも簡単に分子料理が作れるようになりました。
また、分子料理に限らず、オーガニック食材だけで作られたパエリアが、いとも簡単に湯煎だけで実に美味しく作れるようになりました。
味は今も観光レストランで蔓延る冷凍パエリアとは一線を画していて、実においしい!こうして、多店舗経営していた飲食店のセントラルキッチン方式は過去のものとなり、パッケージ化された食材と小さなキッチンだけで驚くべき料理が、誰でも提供できるようになったのです。
つまり、料理のデセントライズドにより、「飲食店の自律分散」が起きはじめているのが現在です。
一方、スマートシティ・エキスポでは、全く異なる形で「都市の再編集」が行われていました。このイベントは、都市計画、テクノロジー、サステナビリティ、そして人間中心デザインといった多様なテーマを横断的に扱う、世界最大規模の都市イノベーション見本市です。バルセロナがこのイベントを長年開催地としてきたのは偶然ではありません。この街自体が、20年以上前から「スマートシティの実験場」として歩んできたからです。
1992年のオリンピック以降、バルセロナは港湾再開発、地下インフラの整備、そして「スーパーブロック」と呼ばれる新しい都市構造の実験を続けてきました。その流れが、AI・IoT・再生可能エネルギー・都市モビリティの融合へと進化し、いまの「スマートシティ」という新しい概念へとつながっています。
今回の展示では、日本からも多くの方々が参加され(主には自治体とゼネコン、通信大手関連)、デジタルツインによる都市シミュレーション、再エネを活用した自律分散電力システム、AIによる交通制御など紹介されていましたが、正直かなり官僚的および大企業主導型に見えました。つまり、市民と対話した様子がなく、単にセントライズドされたデータドリブンと管理する方向が見て取れます。もしくは、ゼネコンなどのオリンピック、万博後のあたらしい商材探し=再開発の言い訳といったところではないでしょうか。
しかし、展示会を離れた実際のバルセロナの街は、技術の根底に「人間中心」という思想がしっかりと据えられています。いわば、テクノロジーによって都市を効率化するのではなく、人が心地よく生きられる環境をどう作るか。その発想は、ガストロノミーで語られていた「伝統と再構築」とまったく同じ構造を持っていると考えます。言葉だけのグリーン化や効率化ではなく、市民のハッピー感を高める(街全体のQOLを高める)ことがなによりも大切ですが、展示会場全体で技術ばかりが先行し、本質的ではありませんでした。
車道を歩道に変えたスーパーブロック政策により、真夏の木々に日差しが遮られたベンチで、エスプレッソではなく美味しいコールドブリューコーヒーを飲む人たちは、以前より、QOLが高まっているのは間違いありません。街の騒音や交通事故が激減し、心地よく海風が吹き抜け、往来を人々が堂々と歩けるようになって、周囲に美味しい飲食店が次々と立ち並ぶ。あらたに設置され、市民に解放されたベンチは、急ぎすぎていた生活のリズムを正す役割を担っています。こうして、街全体の過緊張が緩むのです。
つまり、最新データによるスマートシティを表面と考えるなら、その街ならではの更新された食文化は裏面として機能し、この両面あってこそ、はじめて「あたらしい街づくり」が可能になるのだろうと考えます。
ガストロノミーのフォーラムで語られた「ローカル素材と未来的調理法の融合」と同じように、スマートシティの現場でも「その地の自然とデジタルの融合」の実践が、あたらしい街づくりの土台になります。
今、世界中のどこでも食の未来と都市の未来が重なり合う時代を生きています。日本でも我が街をサンセバスチャンにするプロジェクトが散見されますが、街づくりも食のどちらも「分断された要素をどう統合し、循環させるか」という課題を抱えています。食が自然と人をつなぐように、スマートシティはデータと人をつないで、単に利便性を高めるだけでなく、市民をより幸せにする役割を担っているはずです。そのため、その両方が「人間の感性を中心に据えること」で初めて意味を持つのです。
いわば「ブックスマート」シティではなく、「ストリートスマート」シティへ。
果たして、日本でスマートシティを掲げる街の首長は、美味しいコールドブリューコーヒーを知っているのでしょうか?
長年お伝えしていますように、街づくりの鍵は、その地域のトップのセンス次第なのは、間違いありません。
しかし、日本からお越しの方々は、国内の大手旅行代理店によるホテル価格で宿泊されているため、二倍以上のコストを支払っているご様子です。これではデータドリブンもなにもないなと思うのと同時に、税金が溶けていくのを久しぶりに目の当たりにしました。
およそ二十年前に出した自著のタイトル「ヤバイぜ!デジタル日本」は、あながち間違っていなかったなと、あらためて痛感する今週です。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.751』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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高城未来研究所「Future Report」編集部