華やかなイルミネーションの裏で地殻変動を起こしているLA

2026/03/09 08時35分公開
高城未来研究所【Future Report】Vol.768(2026年3月6日)近況
今週は、LAにいます。
この時期のロサンゼルスといえば、冬が終わり、「アカデミー賞」の話題が街角で聞こえる、世界有数のエンターテイメント都市LA全体が輝くシーズンです。
日本のテレビやネットニュースを見れば、煌びやかなレッドカーペット、オスカー像を手にする俳優たちの涙、そして豪華絢爛なアフターパーティーの様子が連日報じられるのを、ご覧になった方も少なくないはずです。しかし、現在のLAは驚くほど盛り上がっていません。
この背景には、ハリウッドという産業そのものが抱える構造的な行き詰まりと、米国社会を覆う深刻な生活苦があります。

ご存知の通り、数年前に起きた全米脚本家組合や俳優組合による歴史的な長期ストライキの爪痕は、今も深く残っています。
ストライキは一応の決着を見ましたが、それは一時的な止血に過ぎませんでした。その間に台頭したのが、生成AIの圧倒的な進化です。
テキストから高画質な動画を生成するAIモデルが次々と登場し、背景のCG生成からエキストラの代替、さらには脚本のアイデア出しに至るまで、テクノロジーが急速に人間の仕事を奪い始めています。「何百億円もかけて、大物俳優を起用し、巨大なセットを組む」という20世紀型の映画ビジネスモデルそのものが、今、根本から崩壊しようとしているのです。

Netflixなどのストリーミング配信が完全に定着した現在、人々にとって映画は「映画館で体験する特別なもの」から、「スマートフォンの画面で消費するコンテンツの一つ」へと完全にダウングレードされました。一部の超大作フランチャイズ以外は映画館に人を呼べなくなり、インディペンデント映画は息の根を止められつつあります。
そうした産業の地盤沈下を肌で感じているからこそ、映画人たちが互いの功績を讃え合うアカデミー賞という「既存メディアの最後の同窓会」に対して、人々は白けた目を向けているのです。

そして、市民がハリウッドの祭典に関心を持てない最大の理由は、それどころではないほどの「過酷な現実」が目の前にあるからです。それが、街を覆い尽くす厳しいインフレです。

米国のインフレはピークを越えたと政府はアナウンスしていますが、それはあくまで「上昇率が鈍化した」というだけのことであり、一度上がってしまった物価は高止まりしたままで、現在のLAの物価高は、もはや狂気の沙汰と言っても過言ではありません。

例えば、オーガニック系のカフェで、シンプルなサラダとコーヒーを頼むだけで、平気で35ドル(約5,000円強)が吹き飛びます。いや、それどころか、以前僕自身もよく通っていたヴェニスにある人気カフェ「ローズカフェ」周辺は、上がり続ける家賃によって家を追い出されたホームレスの溜まり場となり、当然「ローズカフェ」は閉店。周囲の風景は、LA有数のトレンドスポットから、テントが並ぶホームレスとフェンタニル中毒者の溜まり場へと激変しています。正直、自分の目で見るまでは、信じられませんでした。

こうした風景は、ヴェニスに限りません。かつては流行の発信地であったサンセット・ストリップの高級ブティックが立ち並んでいたエリアは、空き店舗の「For Lease(貸し出し中)」の看板が、およそ3軒に一軒。これを東京に置き換えると、表参道がシャッター通りになりかけているような状態です。
さらに人々を疲弊させているのが、異常なまでの「チップ文化」のインフレです。現在、決済端末(Squareなど)で提示されるチップの最低ラインは「20%」からスタートすることが当たり前になり、中には「25%」「30%」という選択肢がデフォルトで並んでいることも珍しくありません。
対面でのサービスを伴わない、ただパンをテイクアウトするだけのベーカリーですら、画面を裏返してチップを要求されます。
これは「ギルト・ティッピング(罪悪感を利用したチップ要求)」と呼ばれ、米国人の間でも大きな不満の種になっていて、人件費の高騰を、雇用主ではなく消費者の善意(あるいは同調圧力)に押し付けていて、明らかに限界を迎えています。

このようなエンターテイメント城下町の惨状のなか、アカデミー賞という「幻想」が盛り上がらないのは当然です。
レッドカーペットの上で語られる多様性や環境問題、戦争反対のスピーチが、明日の家賃やガソリン代に苦しむ人々の心に響くはずがありません。
人々はもう、作られたエンターテイメントの物語に酔いしれる余裕を失い、「どうやってこのサバイバルな現実を生き抜くか」というリアルな課題に直面しているのです。
僕が今週、LAの街を歩きながら強く感じたのは、この「崩壊していく旧体制」と「新しく芽生える(しかし冷酷な)パラダイム」のコントラストです。
日本もいずれ、時間差でこの波を被ることになると予測します。いや、すでに円安やインフレという形で、その波は日本の足元をすくい始めています。
華やかなイルミネーションの裏で、静かに、しかし確実に地殻変動を起こしているLAの街角。
皮肉なことに、気候は最高です!

(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.768』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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