あらためていま、夏至を意識する意味
2026/06/29 08時30分公開
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高城未来研究所【Future Report】Vol.784(2026年6月26日)近況
今週は東京にいます。
先日、六月二十一日に夏至を迎えました。一年で一番昼が長く、夜が短い日。北半球では太陽がもっとも高く昇り、もっとも長く空にとどまる、その極点の日です。東京では日の出が朝四時半近く、日の入りが夜七時前と、昼の時間はおよそ十四時間半に及びました。
夏至は、クリスマスやお盆のような華やかな祭事と結びついているわけでもなく、ただ暦のうえを静かに通り過ぎていく一日です。けれど人類の歴史をさかのぼれば、夏至は古くから人間が意識してきた特別な日のひとつで、文字を持つよりもはるか以前から、人々は太陽の運行を観測し、その極点に意味を見いだしていました。
イギリスのストーンヘンジが夏至の日の出の方向に正確に配置されていることはよく知られています。巨石の隙間から、夏至の朝、太陽がぴたりと昇り、およそ五千年前の人々が、何世代もかけてあの巨大な石を運び、精密な宇宙カレンダーを作り上げた事実は驚愕に値します。
それほどまでに太陽がいつ、どこから昇るかを知ることは、農耕に生きる人々にとって死活問題であり、種をまく時期、収穫の時期、寒さに備える時期など、すべては太陽の運行によって定められてきました。
北欧では、夏至は今なお一年でもっとも大切な祭りのひとつです。バルセロナから東京に戻る途中に北欧を訪れましたが、スウェーデンやフィンランドの「ミッドサマー」では、人々が花の冠をかぶり、白樺で飾った柱を立て、夜通し踊り明かすのがこの時期の恒例です。
緯度の高い地域では、夏至の頃には太陽がほとんど沈まない「白夜」が訪れ、長く厳しい冬を耐え抜いた人々にとって、光が満ちあふれるこの季節は、生命の歓喜そのものであり、太陽への感謝と、これから訪れる豊穣への祈りが、祝祭となって爆発します。
ひるがえって、日本では夏至はちょうど梅雨の真っ只中にあたります。一年でいちばん昼が長いはずの日が、分厚い雲に覆われ、しとしとと雨が降っている。太陽がもっとも高く昇る日に、その太陽が見えない。
この巡り合わせが、日本の夏至を、ストーンヘンジや北欧のミッドサマーのような華やかな太陽信仰とは違う、独特の控えめなものにしてきました。
こうした太陽の運行は、単なる暦のうえの出来事ではありません。身体そのものに太陽の周期が深く刻印されていて、代表的なのが体内時計と言われるサーカディアンリズムです。
地球上のほぼすべての生命は、二十四時間の明暗のサイクルに合わせて遺伝子レベルで活動を調整し、朝の光を浴びると、その刺激が脳の視交叉上核に届き、日々体内時計がリセットされます。
コルチゾールの分泌により覚醒が促され、夜になって暗くなればメラトニンが分泌されて眠りへと導かれる。体温も、ホルモンも、消化も、免疫も、すべてがこの一日のリズムに沿って波打っていて、人類は太陽とともに目覚め、太陽とともに眠るよう、何十万年もかけて設計されてきました。
近年、「時間栄養学(クロノニュートリション)」という分野が注目を集め、同じものを食べても、いつ食べるかによって身体への影響がまったく変わることがわかってきました。
朝に摂る糖質と夜に摂る糖質では、ご自覚ある方もいらっしゃると思いますが、血糖値の上がり方も脂肪の蓄積のされ方も異なります。「何を食べるか」だけでなく「いつ食べるか」が、健康を大きく左右する。そしてその「いつ」を決めているのは、ほかでもない太陽の運行なのです。
また、季節の移り変わりとともに「旬のものを食べる」という日本の美しい食文化も、身体のリズムとも美しく調和していました。夏には身体を冷やす夏野菜を食べ、冬には身体を温める根菜を食べる。
半夏生にタコを食べ、冬至にかぼちゃを食べる。季節の食材には、その季節を生きる身体が必要とする栄養がおのずと備わっているため、かつての食卓は太陽と季節とつながっていて、それが美味しさの秘訣でもありました。
ところが現代では、その季節感がことごとく失われつつあります。気候そのものが、空調によって平準化されたのと同じく、トマトもキュウリも、いまや真冬のスーパーに当たり前に並んでいます。
ハウス栽培と冷凍技術とグローバルな物流が、季節という概念を食卓から消し去ってしまい、いつでも何でも手に入る「時を忘れた美食偏重時代」になりました。一見、それは豊かさのように見えますが、その代償に、身体が季節を感じ取る手がかりをどこかで失ってしまったように感じます。
かつて農耕社会では、人間の労働は太陽と季節に完全に支配されていました。日が昇れば働き、日が沈めば休む。夏は長く働き、冬は短く働く。種まきと収穫の時期は忙しく、そのあいだは休息する。労働のリズムは、人間が決めるものではなく、自然が決めるものでした。
けれど産業革命以降、工場は人工照明を導入し、夜を昼に変えました。電灯が太陽を不要にし、空調が季節を不要にした。こうして人間は、はじめて二十四時間・三百六十五日、均質に働くことが可能なフルタイム労働者へ徐々に置き換えられていきます。
季節がなければ、農閑期もありません。夜がなければ、シフトはいくらでも延ばせます。体内時計を無視し、季節のリズムを忘れさせるほど、労働者はより長く、資本家から見れば、より管理しやすく働く道具になる。
コンビニは二十四時間明かりを灯し、オフィスは深夜まで煌々と照らされ、スマートフォンの画面は眠るべき時間に脳を覚醒させ続ける。
労働者が季節感を失い、体内時計を狂わせていくその過程は、見方を変えれば、人々をまるでロボットのような効率的な労働力へと作り変えていく過程でもあったはずです。
旬を忘れ、昼夜を忘れた身体は、いつでも稼働できる。それは管理する側にとって、この上なく扱いやすい存在なのです。
あらためていま、夏至を意識する意味は、この点を再考することにあると考えます。一年でもっとも昼が長いこの日に、ふと立ち止まって太陽の運行を思い出し、例え曇っていても可能な限り陽に浴びること。
そして、自分の身体が本来、この大きな天体のリズムの一部であったことを思い出すこと。
それは、季節や時間が気がつくと平準化され、管理され、季節を奪われた現代の暮らしのなかで、自分の身体時間を自分の手に取り戻す、ささやかなひとときの抵抗なのかもしれません。
日本は梅雨、いや早くも台風シーズンに突入しています。
いまや台風時間も変わり、早いスタートを切るようになりました。
気候変動を少しでも正す鍵は、CO2削減よりも人々の時間感覚を正せるかどうかなのだろうな、と考える今週です。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.784』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
高城未来研究所「Future Report」編集部