養老孟司先生との対談本『ニホンという病』の「はじめに」

2023/06/07 19時49分公開 / 2023/06/09 07時41分更新

解剖学者の養老孟司先生との共著が5月29日発売となりました。

『ニホンという病』養老孟司、名越康文

今回から「はじめに」を公開させていただきます。

ご関心を持っていただいた方は、ぜひ本書もご覧いただければ幸いです。


ーーーーーーー


はじめに


養老先生と聞いて皆さんはどのような印象をお持ちだろうか。

あえて言ってみると、医学、解剖学の垣根を越えて科学や文化を論じ、とかく時勢や瑣末な損得勘定に振り回される我々に、表面的ではない物事の本質を指摘し続けてくれる存在、というようなことになるかも知れない。

しかし実際にお会いしてみてつくづく思うのは、この方の頭の良さというものは、積み上げた知識ではどうすることもできない領域にある、ということなのだ。

絶えず我々のはるか上空から、しかも我々の内面に届くような先生の言葉は今だけではなく未来においても重要で、それにもかかわらず現代日本は、ますます養老孟司の視座から遠のいてしまっていて、その落差はいっそう乖離していくばかりに思えてならない。

養老先生との出会いは、甲野善紀先生に付き従って東大の研究室に伺った時を始まりとする。私は30代前半であったから、もう30年近くも前である。

そのころの養老先生がまだ東大の現役教授で自分は救急に明け暮れる若手医だったことを考えると隔世の感がある。改めて本書の中で触れられている私とはいつの私のことか、という問いが頭をよぎる。死ののちにもし神にまみえるのであれば、その自分とは一体誰なのか。

本書では激変する今についての対話から始まって、誰しもに訪れる死をどうとらえ直すのか、といった話題に至るまで広角度な話題について話し合われている。これも対談が1年という長期にわたって行うことができたおかげだろうと思う。

養老先生と本を出すのは光栄なことに2冊目である。先生から発せられるさざ波のような雰囲気は、人の心を清涼なものへと向かわせる独特のものだ。

しかし一方でよもやま話ではなくて、この方と真顔で対談することは私にはずいぶん骨が折れるのも事実なのだ。先生の言葉は絶えず物事のとどのつまり、本質的なこと、日本人が最も苦手とする現実そのものへの認識から一ミリもずれはしない。

ある種最短距離で結論へと向かうその思考の鋭利な構成こそ、先生の生きる作法そのものであるように思う。であるからこの本の中でも、何度か私が前回の話題を蒸し返すような場面がある。咀嚼が必要なのだ。

誠に恥ずかしいことだが、自分が納得行くまで止まることが読者にとっても利益になると信じて、そのような対談の流れをつくらせてもらった。

あとは皆さまの生き方に、一つでも指標となる言葉が含まれていることを祈るのみである。


精神科医 名越康文


『ニホンという病』養老孟司、名越康文


#養老孟司 #書評 #話題の本
精神科医・名越康文のノートです。公式サイト http://nakoshiyasufumi.net/

コメント