「日本版DBS」今国会での成立見送りと関連議論の踏み外し感の怖さ

2023/09/26 14時35分公開 / 2023/09/26 14時04分更新

人間迷路 Vol.418より】


 現象としては「ですよねー」という感じですが、その結論に至った議論のプロセスが180度実情と違い過ぎてどやねんという案件になってしまいました。

 もちろん、ベースには解散を控えた臨時国会で、面倒な論戦になりそうな割に重要でもない政策審議に時間を割きたくないというのが本音なのかなあと思わなくもありませんが、こども家庭庁のトップに来た加藤鮎子さんからすれば「そんなもん初めから分かってたんだから旗振り役だった小倉將信さんのときにさっさとケジメをつけておいてほしかった」というのが正直なところなのかなと感じます。

性犯罪歴なし確認「日本版DBS」、臨時国会への法案提出見送り…「職種の範囲狭い」指摘も

 もちろん、ロリコンが一度犯した性犯罪を再び犯す可能性が高いよというのも一応はあるのですが、当メルマガやnoteでも書きました通り、センシティブな犯罪歴という個人に関する情報を、公教育のように国家資格に触れるものならともかく、学習塾やスポーツクラブのような単なる民間事業者に対しても照会をかけられるようにしてしまうというのは違憲でしょうというのが法学徒たる私の立場ではあります。

「再犯率の高いロリコンを教育の現場に出すな」方面の雑な人権論

「再犯率の高いロリコンを教育の現場に出すな」の人権論

 ただまあなんつーか、伴走して見物していた自民党関連議論では、武士の情けではありますがむしろ議論の論調は逆で「公開範囲が生ぬるいし、照会可能な犯罪歴も緩すぎる。これではロリコンがいろんなところで子どもに関わる仕事に就けてしまう」という内容が続発しており、実際ペーパーを見ていてもそのように書いてあるので、こりゃまた一体どうしたことだとも思うのです。

 ああいう改憲案を堂々と党として出してしまう俺たちの自民党のことですから、犯罪を犯したロリコンに対してはもちろん厳しい目が向けられるのは当然としても、しかし児童虐待で特に性的虐待というものは小学校や学習塾、保育園、学童、スポーツクラブなどだけではなく、実際には家庭内で起きていることを忘れてはなりません。特に、シングルマザーが娘づれで再婚後に再婚相手から性的虐待を受けるケースは非常に多く深刻で、これらの通報制度をどこかにきちんと設けて行政管理するような仕組みを作るほかないんじゃないのと私ですら心配になるレベルです。

 職業選択の自由やロリコン本人の犯罪歴というプライバシーの扱い方、さらにはそういうセンシティブな情報をどこまで採用時点の情報として取得せしめるかというのは非常にデリケートな問題であるから、まずはスモールスタートとして取り組んでみましょうというのが有識者会議での結論であったのは言うまでもありません。

「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」 報告書(案)

 報告書案はかなり難渋する界隈の首の傾げ方が網羅されており、読むほどに涙なくして読めない部分はあります。ただ、犯罪歴の照会という点で言うならば、確かに見た目の再犯率が高いとはいえ実際にもっと高い小口の窃盗犯は野放しでいいのかとか無原則に枠が拡大していって、犯罪を犯した人たちは民間側がリスト化してしまって就業機会が完全に失われることだってあり得ると思うんですよ。

 さらには、一部の有力自民党議員が仰っていたことではありますが、未遂や不起訴処分となった人物も検索できるようにしようというストレートな人権侵害もあったので、こりゃ止まらないなあとも思うのです。いや、ロリコンは駄目だし、やられた側は人生取り返しのつかないぐらいの傷を負う事例なのだから社会が対応するべきという議論は分かりますよ。でも実際にはお縄にはならない家庭内での性的虐待のほうが件数で言えば間違いなく圧倒的であることを考えれば、突き詰めると女の子は家庭で生活させるなという話にすらなりかねません。

 実に危うい話ですし、それでも「やりすぎだ」という声が自民党内でもまあまああったのは救いとは言え、変な陳情やアンケートでうっかり政治問題にされてしまう仕組みはもう少し冷静に対処するべきであろうと思います。

 ロリコン性犯罪者の自殺率の高さは、単純に性的マイノリティの中でも群を抜いて高いというデータもあり、社会的包摂するにしても子どもがいるところに置いておいてはいけないし、まあなかなか大変なのも事実なんですよね。ある意味で、同性愛者よりも認められることの少ない、小児性愛持ちのむつかしさみたいなものは常に感じるところであります。

人間迷路 Vol.418 メルマガタイトル」(2023年9月26日発行)序文より


山本一郎メルマガ『人間迷路

ネット業界とゲーム業界の投資界隈では知らぬ者のない独特のポジションを築き、国内海外のコンテンツ制作環境に精通。日本のネット社会最強のウォッチャーの一人であり、また誰よりもプロ野球とシミュレーションゲームを愛する、「元・切込隊長」こと山本一郎による産業裏事情、時事解説メルマガの決定版!


山本一郎主催の経営情報グループ「漆黒と灯火

真っ暗な未来を見据えて一歩を踏み出そうとする人たちが集まり、複数の眼で先を見通すための灯火を点し、未来を拓いていくためのサロン、経営情報グループです。


山本一郎(やまもといちろう)

1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、新潟大学法学部大学院博士後期課程在籍。社会調査を専門とし、東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所上席研究員・事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所研究主幹。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。

こちらのマイノートでは、夜間飛行で配信中のメルマガ「人間迷路」から序文を無料で公開していきます。

コメント