いまも更新しつづける石の森、サグラダ・ファミリア

2026/06/15 08時30分公開
高城未来研究所【Future Report】Vol.782(2026年6月12日)近況
今週は、バルセロナにいます。

地中海から吹き込む心地よい風が、初夏を感じる六月はじめ、僕は長年拠点にしてきたこの街で、ひとつの「完成式」に立ち会っています。サグラダ・ファミリアの中央にそびえる「イエスの塔」がついに建ったのです。

ご存知の通り、サグラダ・ファミリアは1882年に着工された、いまだ建設が続く教会です。着工から実に140年あまり。ガウディが亡くなって一世紀が経ったいまもなお、この建物は完成しておらず、最終的にはあと100年を要すると言われています。

その中心にそびえる高さ172.5メートル、世界でもっとも高い宗教施設となる「イエスの塔」の竣工を記念し、教皇レオ14世による祝福・完成式典が今週行われました。
従来の記録だったドイツ・ウルム大聖堂の161.5mを上回りますが、ガウディは、この街の最高地点であるモンジュイックの丘(177.72 m)よりも、人の手による建造物を高くしてはならないと考えました。神がつくった自然を、人間がつくったものが超えてはならない。
だから彼は、イエスの塔の高さを意図的にモンジュイックの丘より低く設定したと伝えられています。この一点に、ガウディという人物の思想のすべてが凝縮されているように思えてなりません。

アントニ・ガウディという建築家を理解するうえで、いちばん大切なことは、彼が決して「建築」から発想していなかったという事実です。彼が見つめていたのは、つねに大自然でした。
木の枝が幹から分かれていく角度、貝殻の螺旋、骨の内部構造、植物の茎が荷重を支えるしくみ。彼はそうした自然の造形を、徹底的に観察しました。そして、自然のなかにこそ、もっとも合理的で、もっとも美しい構造が存在すると確信していました。

サグラダ・ファミリアの内部に足を踏み入れた人は、誰もが森のなかにいるような感覚を覚えます。あの林立する柱は、枝分かれする樹木をそのまま石に置き換えたもので、天井から差し込む光は木漏れ日のように揺らぎ、ステンドグラスを透過した色彩が、刻一刻と床を染めていく。ガウディは文字通り、石でできた森をつくろうとしていました。

彼の構造に対するアプローチも、徹底して自然から学んだものでした。
有名な「逆さ吊り模型」は、紐に重りを吊るして、自然な形で垂れ下がるカテナリー曲線をつくり、それを上下逆さまにすることで、もっとも力学的に安定したアーチの形を導き出しました。重力に逆らうのではなく、重力に従うことで、構造を成立させる。
これはまさに、自然が何億年もかけて獲得してきた知恵そのものです。コンピューターのない時代に、彼は紐と重りと鏡だけで、現代の構造力学が解析してようやく裏づけるような形態を、直感的に手に入れていたのです。

また、ガウディは敬虔なカトリック教徒でした。彼にとって自然とは、神が書いた書物そのものであり、その自然を模倣することは神の意志を建築に翻訳することでした。
「直線は人間のもの、曲線は神のものである」という彼の言葉は、あまりにも有名です。サグラダ・ファミリアにほとんど直線が存在しないのは、装飾的な趣味からではなく、彼の信仰と自然観から必然的に導かれた結論だったのです。

いまからちょうど100年前の1926年6月10日、ガウディは路面電車に轢かれ、その生涯を閉じます。
みすぼらしい身なりだったため、当初は浮浪者と間違われ、適切な治療を受けられなかったと伝えられていますが、彼が亡くなったとき、サグラダ・ファミリアは全体の四分の一も完成していませんでした。

ここからが、この建築の数奇な運命です。

ガウディの死後わずか十年、1936年にスペイン内戦が勃発します。バルセロナでは反教権的な暴動が起こり、サグラダ・ファミリアの地下聖堂は放火され、ガウディが遺した膨大な設計図や石膏模型の多くが焼失、あるいは破壊され、完成形を知る手がかりが、大量に失われてしまいます。これがその後の建設に、長く影を落とすことになります。

そして内戦の前後、さらには二十世紀の半ばを通じて、この未完の教会をめぐっては、たびたび深刻な議論が起こりました。そのひとつが、「取り壊し」あるいは「建設中止」の議論でした。

意外に思われるかもしれませんが、サグラダ・ファミリアは決して、すべての人に愛されてきたわけではありません。
1960年代、世界的な建築家やアーティストたちのあいだで、建設の中止を求める声が公然と上がりました。
彼らの主張は、ガウディの設計図は失われてしまったので、残された者がそれを補完して建設を続けることは、もはやガウディの作品ではなく、後世の人間による「偽造」ではないか。
未完のまま、廃墟として、あるいはガウディが遺したところまでの姿で保存すべきだ、と声高々に建設中止や取り壊しが叫ばれていました。

この論争には、ル・コルビュジエをはじめとするモダニズムの巨匠たちも関与しました。直線と機能美を信奉するモダニズムの時代において、ガウディの過剰なまでに有機的な造形は、時代遅れの装飾過多と見なされた時期すらあったのです。
いまでこそ世界遺産として年間数百万人が訪れますが、二十世紀の半ば、ガウディの評価はけっして安泰ではありませんでした。

それでも建設は続きました。なぜか。ひとつには、この教会が国家や企業の資金ではなく、信者からの寄進と、訪れる人々が支払う入場料によって、140年にわたって営々と建てられてきたという事実があります。誰かの号令で始まり、誰かの号令で止められるものではなかった。市民の祈りと寄付が、この石の森を少しずつ育ててきました。

そして二十一世紀に入り、状況は劇的に変わります。コンピューターによる三次元解析、3Dプリンティング、デジタルファブリケーション。失われた設計図の代わりに、わずかに残された模型の断片と、ガウディが用いた幾何学の原理を読み解くことで、現代のテクノロジーが彼の構想を再構築できるようになりました。
皮肉なことに、コンピューターのない時代に自然から導かれたガウディの形態は、最先端のデジタル技術によってこそ、その合理性が完全に証明され、ふたたび立ち上がることになっていきます。

いま僕の目の前にそびえるバルセロナのあたらしいランドマーク「イエスの塔」は、ガウディが神の言葉を解釈し、現代のテクノロジーが再現したひとつの到達点です。
ガウディが頭のなかに描き、しかし誰も完全には見ることのなかった形が、一世紀の時を超えて、ついに今週バルセロナの空に姿を現しました。
取り壊しの議論を乗り越え、内戦の炎を生き延び、モダニズムの嘲笑をやり過ごし、それでもこの建築は、自然から学んだ知恵を頼りに、ゆっくりと、確実に天へと伸びていったのです。

完全な完成まで、あと100年以上かかると言われています。イエスの塔も外周の「栄光のファサード」など、細部の作業は今後も続くため、「完成」という言葉がなにを意味しているのか、もはや誰にもわかりません。
もしかしたら、未完であり続けることこそが、この建築の本質なのかもしれません。自然がけっして完成形を持たず、つねに生成変化し続けるものであるならば、自然を写し取ったこの教会もまた、永遠に成長し続けるのがふさわしい。

塔を見上げながら、僕たちが追い求めている未来というものも、案外、サグラダ・ファミリアに似ているのかもしれない、と感慨深く思います。
完璧な設計図など存在せず、途中で多くが失われ、ときに「もうやめてしまえ」という声に晒されながら、それでも自然の理に学び、少しずつ確実に形になっていく。
完成を目的とするのではなく、つくり続けるプロセスそのものに意味があるのではないか。

地中海の美しい光の中、いまも更新しつづける石の森を見上げながら考える今週です。

バルセロナは、いい季節になってきました。

(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.782』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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