今回新たに出た原子力白書から日本のエネルギー安全保障を読み解く

2025/07/01 22時35分公開

人間迷路 Vol.482より】


 いやー、内に外に問題山積で困っちゃいますね。

 せっかく原油価格が下がってきて今年は貿易収支もまともかな? と思っていた矢先、先月になってイスラエルによるイラン攻撃を受けて原油価格が急騰しました。おいおいおいおい。やめてくれようちのシーラインで騒動起こすの。何しろこの夏は記録的な猛暑が予想される中、ガソリン代や電気代がまた上がるのではないかという恐怖が国民の間に広がっています。トランプさんがなんかいったので鎮静化しそうな気はしますが、トランプさんのいうことを信じる人はそう多くないのでこれからどうなるのかまだ良く分かりません。今回の中東情勢の不安定化は、エネルギー輸入に9割以上を依存する日本にとって、まさに生命線を脅かす事態です。いやこれほんとヤバイ話だと思うんですよね。一方で、この異常な猛暑そのものが、二酸化炭素などの温室効果ガスが野放図に放出され続けていることが原因であることは科学的に確実とされています。つまり、地政学リスクによるエネルギー価格高騰と気候変動による異常気象という二重の危機に直面しているいま、どちらの難題を解決するためにも脱炭素は避けて通れない課題となっています。

 正直脱炭素とかクソ左翼が盛り上がってるムーブメントだからどうでもいいと思ってたんですけど、実際このクソ暑い6月とか迎えてしまうと「こりゃそろそろ真面目に対応しないとアカンな」と思うようになってきたんですよ、私も。グレタ、お前がちょっぴり正しかった。

 で、このような状況下で公表された令和6年度版原子力白書と第7次エネルギー基本計画は、日本のエネルギー安全保障に対する政府の危機感と政策転換を如実に示しています。原子力白書では「日常生活を支える原子力技術」を特集テーマとして取り上げ、エネルギー分野だけでなく医療、農業、産業分野での原子力・放射線技術の重要性を強調しています。これは単なる技術紹介ではなく、原子力技術が私たちの生活に不可欠な存在であることを再認識させ、社会受容性の向上を図る意図が込められています。

 2月に経産省の某エースによってまとめられた第7次エネルギー基本計画では、より明確な政策転換が示されています。従前の第6次計画で掲げられていた「可能な限り原発依存度を低減する」との文言が削除され、原子力を「最大限活用していくことが極めて重要」と明記されました。2040年度の電源構成においても、原子力を「2割程度」と位置づけ、既存炉および建設中炉がすべて稼働することを前提としています。この政策転換の背景には、エネルギー安全保障に対する切迫した危機感があります。

 現在、日本は自動車や半導体製造装置などの輸出で得た金額の大部分を、原油や天然ガスなどの鉱物性燃料の輸入に充てており、その総額は年間約26兆円に達しています。しょうがないっちゃしょうがないんだけど、そうも言っていられないというのがいまの日本なんすよね。これはまさに国富の大規模な流出を意味し、経済安全保障上の重大な脆弱性となっています。さらに、DXやGXの進展により電力需要の大幅な増加が見込まれる中、十分な脱炭素電源を確保できなければ、データセンターや半導体工場などの国内投資機会を失い、経済成長の停滞を招く恐れがあります。

 実際に、原子力の再稼働が進展している九州エリアや関西エリアでは、脱炭素電源の比率が高くなり、電気料金は他エリアよりも最大で3割程度安い状況が生まれています。これは原子力の経済的メリットを具体的に示す事例であり、エネルギー安全保障の観点からも重要な示唆を与えています。

 特に今回の第7次計画で注目すべきは、「再生可能エネルギーか原子力かといった二項対立的な議論ではなく」、両者を共に最大限活用していくことの重要性を明確に述べている点です。2040年度の電源構成では、再生可能エネルギーを40~50%と初めて最大の電源と位置づけながら、原子力も20%程度を維持する方針を示しています。簡単に言いやがって、というのは後述しますが、この背景には、いまあらわになった「現時点で単独の完璧なエネルギー源は存在しない」という現実認識があります。ロシアによるウクライナ侵略や中東紛争の長期化を考慮すれば、特定のエネルギー源に過度に依存することのリスクは明らかです。

 具体的な原子力政策では、既設炉の最大限活用と次世代革新炉の開発という両輪戦略が打ち出されています。既設炉については、新規制基準に適合した原発の再稼働を加速し、運転期間延長制度の着実な執行を進める方針です。特に東日本の電力供給構造の脆弱性と電気料金格差の解消を図るため、柏崎刈羽原発の再稼働に向けた政府を挙げた取り組みが明記されています。これは、福島事故以降の東西電力格差を解消し、全国的なエネルギー安全保障を確保する上で極めて重要な政策です。あくまで「未来の原子力政策を、現在の延長線上に置くならば」ですが。

 で、次世代炉については、2040年以降に既設炉の大幅な供給力喪失が見込まれることを踏まえ、廃炉決定炉を有するサイト内での建て替えを対象として具体化を進める方針が示されました。まあ、そうするしかないよね、いまは。これまで「建て替え」について明確な言及を避けてきた政府が、初めて具体的な方針を示したことは重要な転換点といえます。ただし、地域の理解確保と六ヶ所再処理工場の竣工等バックエンド問題の進展を前提条件として明記しており、実現に向けては多くの課題が残されています。

 そして、エネルギー安全保障の観点から踏み込んで注目すべきは、原子力の準国産エネルギー源としての特性です。原子力は燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく、数年にわたって国内保有燃料だけで発電が維持できる優れた安定供給性を有しています。これは、化石燃料の価格変動や供給途絶リスクから日本を守る重要な要素となります。また、天候に左右されず一定出力で安定的に発電可能な脱炭素電源として、製造業のGXやデータセンター、半導体工場等の新たな電力需要にも対応できる特性を持っています。

 一方で、原子力政策の持続可能性において最も重要な課題がバックエンド問題です。第7次計画では、核燃料サイクルの推進、円滑な廃炉、高レベル放射性廃棄物の最終処分について、より具体的な取り組みが示されています。見ていて「うーん」とうなってしまう部分ですね。特に、プルトニウム利用や六ヶ所再処理工場への使用済燃料搬入に関する事業者間の連携・調整に国が関与する枠組みの検討が明記されたことは重要です。それだけのことをやるんですから、民間で協議しましょうといったってまとまる話もまとまりませんから、国が乗り出していって介入するのは当然と言えます。また、高レベル放射性廃棄物の最終処分については、現在3町村で進む文献調査の法定プロセスと合わせた全国的な理解活動の集中的な取り組みが計画されています。

 しかしですな、どう好意的に読んでもやっぱり依然として多くの課題が残されているのも事実です。というか、割と詰んでるんじゃないかと思うんですよ。というのも、原子力の「2割程度」という目標と現実のギャップは大きく、既設炉および建設中炉がすべて稼働した場合でも、運転期間60年の制約や再稼働の遅れを考慮すれば、2040年時点で20%の電源比率を維持することは容易ではありません。また、次世代炉の建て替えについても「地域の理解が得られるもの」という条件付きであり、具体的な立地や事業者、技術的詳細については今後の検討に委ねられています。個人的に「いや、簡単に言うけどそれ無理じゃね?」と思ってしまうわけです。

 さらに重要なのは、国民とのコミュニケーションの課題です。計画では「原子力の安全性やバックエンドの進捗に関する懸念の声」があることを認めながらも、その解決策は従来の理解活動の延長線上にとどまっている感があります。そうは言ってもさあ… ってやつです。福島事故以降の国民の不信をどのように回復していくかについて、より具体的で革新的なアプローチが求められます。

 というわけで、今回の原子力白書と第7次エネルギー基本計画は、日本のエネルギー安全保障に対する政府の強い危機感を反映した政策転換を示しているんですが、綺麗事を書いてみんなを煙に巻くことを求められているはずのこれらの政府文書でさえ、よく読まなくてもいきなり「それ無理じゃね」って思ってしまうぐらい、高いハードルというか走り幅跳びのバーみたいなのが立っている感じがして身震いがします。

 中東情勢の不安定化や気候変動の深刻化という二重の危機に直面する中、原子力の最大限活用は避けて通れない選択となっているのは分かるんですが… これ、いったいどうするんでしょうか。しかし、その実現には技術的課題のみならず、社会的受容性の確保、バックエンド問題の解決、そして何より国民との信頼関係の再構築が不可欠です。エネルギー安全保障の確保と脱炭素の同時実現という困難な課題に取り組む上で、原子力政策の成功は日本の将来を左右する重要な鍵となっています。

 ちょっと解が見当たらないですね。でも、いま考えて行動を開始しないと、2040年には何も進まず解決していない日本が貿易とエネルギー両面の問題に加え、温暖化も直撃して身動きが取れなくなっている構造が横たわっているんじゃなかろうか、と恐怖すら感じるんですが、皆さんどう思いますか。

人間迷路 Vol.482 エネルギー安全保障をどうしたものかと頭を悩ませながら、我が国の政治や生成AIの行く末についてをあれこれ考える回」(2025年6月30日発行)序文より


山本一郎メルマガ『人間迷路

ネット業界とゲーム業界の投資界隈では知らぬ者のない独特のポジションを築き、国内海外のコンテンツ制作環境に精通。日本のネット社会最強のウォッチャーの一人であり、また誰よりもプロ野球とシミュレーションゲームを愛する、「元・切込隊長」こと山本一郎による産業裏事情、時事解説メルマガの決定版!


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山本一郎(やまもといちろう)

1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、新潟大学法学部大学院博士後期課程在籍。社会調査を専門とし、東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所上席研究員・事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所研究主幹。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。

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