幸福度を底上げするためのまちづくり
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高城未来研究所【Future Report】Vol.749(2025年10月24日)近況
今週は、香港、大阪、奈良の曽爾村、岡山と移動しています。
香港では、かつてのような国際金融都市としての輝きが確実に失われています。セントラルを歩いていても、以前なら聞こえてきた多言語の喧騒が明らかに減って、代わりに北京官話が目立つようになり、街全体の「国際性」が急速に薄れているのを実感します。
一方、大阪は欧米からのインバウンドが多いことから「表層的には国際性が高まっている」ように見受けられます。
大阪観光局によりますと、2025年上半期(1〜6月)に大阪府を訪れた外国人観光客は約848万人と過去最多を更新し、前年同期比で23%増。内訳では中国が最多の252万人、韓国147万人、台湾83万人、米国71万人となっており、アジア圏だけで全体の6割を占めています。
関西国際空港の国際線旅客数も2025年8月に過去最高の255万人を記録。大阪・関西万博の効果もあって、欧米客を中心に平均宿泊数と消費額の伸びが顕著で、街全体のエネルギーは香港よりも国際色が強い印象です。
ただ興味深いのは、その国際性の質の違いです。
香港のそれは情報・資本・人材が絶えず循環するダイナミズムであり、「都市そのものが取引所のような緊張感」を持っていました。
しかし、現在の大阪の動きは、巨大なイベントによって一時的に人が集まる現象に近い。つまり、残念ながら持続的な多様性を生み出すものではなく、「祭りの後」に何が残るかが問われる局面にあります。
日本全体の訪日外国人旅行者数も2025年5月時点で369万人と過去最高を更新し、その背景には大阪・関西万博の影響が大きいとされていますが、このインバウンド回復が国内構造の変化を生むかというと、まだ懐疑的です。
観光客の流れを支える仕組みは依然として旧態依然で、現場で働く人々の待遇や育成が追いつかず、外貨は入っても、人材が疲弊していく。これが日本の「観光立国」政策の矛盾です。
つまり、人数合わせのためのオリンピックや万博といったスクラップ&ビルドを前提としたゼネコンや開発業者だけが潤うような仕組みではなく、その地域で暮らす市民を中心としたまちづくり提言が全く行われてないことに大きな問題があると考えます。
それがIRだとはとても思えません。なぜなら、カジノは市民のための幸福感に全く役立つことがないからです。
そうした人工的な熱気のあとに訪れたのが、奈良・曽爾村でした。
標高600メートルに広がる40ヘクタールの曽爾高原は、「日本で最も美しい村」連合に加盟する、文字通りの日本の原風景が残る場所です。
朝モヤの曽爾高原に立つと、風がススキを金色に染め、波のように揺れるその光景の中で、賑やかな都市の記憶が音もなく遠のいていくのを感じます。
曽爾村の人々は、かつて民家の屋根材として使われていたススキ草原を守るため、今なお毎年「山焼き」を続けています。
火を入れ、灰を肥料にし、翌春にはまた若草が芽吹く。自然を循環させるこの行為は、都市が失った「再生の時間」を見事に体現しているように思えます。
ここでは観光ではなく「暮らしと自然の接線」こそが文化であり、近年では日本の美しい村に惹かれて、少しずつ海外(主に欧州)からの移住者も増えています。
個人的には「持ち歩けない幸せ」に少々疑問を呈するところでもありますが、幸福度の要素を構造的に示したモデルでは、地域の「つながり」「自然との接触」「居住の快適さ」「地域行政への信頼」そして「オープン性と国際性」といった要素が幸福感を支える因子とされています。
また、全国1.5万人調査「地域しあわせ風土調査」でも、地域活動の機会、景観・まちなみ、そして国際性が幸福度と高い相関を示すと明確に報告されているのです。
幸福度を実質的に底上げする「まちづくり」は、観光やカジノ、ましてや万博やオリンピックのような表層的な国際性と目される外的刺激ではなく、日常の生活圏を小さく豊かに保ち、人が地域と関わる機会を増やさすことに鍵があります。
果たして日本の街や村は、地域住民の幸福感が結果的に世界的ブランド価値を高めた南仏のような地域へと成長することができるのでしょうか?
結局は「行政トップのセンス次第」だろうな、と東アジアの各都市を高速で巡りながら考える今週です。
山間部では、もう冬の足音が確実に聞こえています。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.749』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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高城未来研究所「Future Report」編集部