心身の健康を守るために気候とどう向き合うか

2025/09/08 08時35分公開

高城未来研究所【Future Report】Vol.742(2025年9月5日)近況


今週も、バルセロナにいます。


この街に長く滞在していると、日本とはまったく異なる季節のリズムを肌で感じます。

バルセロナでは毎年8月の終わりごろになると、激しいスコールのような雨が数日間降り、その後、一気に季節が切り替わります。


日本の「残暑」という言葉がもつ湿気と熱気の混じり合っただるさとは無縁で、雨上がりの空気は澄みわたり、光は柔らかく、体にまとわりつくものはほとんどありません。気温は30度を超えることは滅多になく、湿度も50%台に落ち着きます。


地中海からの風が街を抜け、再び初夏のような気持ちのよい日々が戻ってくる。人々はそれを知っているかのように、テラス席に集まり、ゆっくりとした時間を取り戻す。季節の移ろいが、人間の営みに直結していることを実感させられる瞬間でもあります。


一方で、同じ時期の東京は、まったく逆の惨状を見せています。

公的に発表される気温では37度前後とされていますが、実際に都心で生活している人間なら体感でわかるように、東京の街中は40度を超えています。

去年、僕自身が新プロジェクトの立ち上げで夏の東京に長期間滞在し、体温を超える屋外温度と凍えるような室内温度を繰り返すことによって、不調に陥りました。


こうした原因のひとつは、都市設計にあります。

近著「う。-ウナギの蒲焼について-」でも記載しましたように、「海辺の街」だった東京の面影は、いまやまったくありません。

海側に湾岸タワーマンション群が林立してからというもの、東京湾から吹き抜けていた風はせき止められ、都心部には空気の淀みが生じました。そこに膨大なアスファルト、コンクリート、排熱が加わり、都市自体が巨大なヒートアイランドと化しています。

背山臨水といった500年に渡って東京(江戸)の繁栄を作ってきた「気」の流れによる恩恵は、いまやまったくありません。


実は、気象庁の発表している気温の測定方法にも、大きな問題があります。

大阪や名古屋では、市街地の庁舎の敷地で気温を測定しており、大阪は大阪城近くの市街地中央区大手前にある大阪管区気象台で、名古屋も市街地である千種区日和町の名古屋地方気象台で計測し、都市生活者が感じる現実に近い気温をデータとして出しています。


ところが東京は、千代田区北の丸公園という、皇居の森に囲まれた緑の多い場所で観測を続けています。

樹木が茂り、日射の影響を緩和する涼しい環境での数値が「東京の気温」として報じられる。

その乖離がどれほど大きいかは、都心を歩いた者なら一目瞭然で、こんなところにも「裏」が隠されています。


気象庁の庁舎自体は、かつては大手町などの低地にありましたが、官庁街が虎ノ門などの高台に移転したこともあり、観測点は公園の中に残されたままで、都庁は有楽町から新宿へ、警視庁は霞が関に移り、都市機能はすべて高層ビル群へと集約されました。

こうして取り残された観測点は、東京の実態を反映しない「数字だけの気温」が流布され、現実の40度越えの灼熱都市は隠されたままになっているのです。


本来なら虎ノ門の高層ビル街に気象台を設置して測定すべきで、そうすれば、東京の生活者が感じる苦しさを、公式に「事実」として認めざるを得なくなります。

また、ヒートアイランド現象による地表付近の気温上昇と大気の不安定化によって、上昇気流が発生しやすくなり、これに伴って雲が発達しやすくなって局地的な「ゲリラ豪雨」や短時間強雨が頻発。こうして、現実的な正しい気温は隠され、なにも知らされないまま、人々は豪雨にさらされるのです。


この乖離は、都市開発政策やエネルギー政策の議論を歪め、さらに住民の「慣れ」を助長します。

人間は環境に順応してしまう生き物です。

しかし、順応することで問題の本質が覆い隠され、結果的に健康被害や生活基盤の劣化を招く。東京の夏に耐え続けることは、もはや都市生活の正常なあり方とは言えません。東

京では気候すらも「数字」を誤魔化しながら暮らし、実態との乖離は年を追うごとに大きくなっているのが現状です。


歴史を振り返れば、人類は気候変動に応じて住む場所を変えることを繰り返してきました。

氷期と間氷期のたびに移住が行われ、メソポタミア文明の衰退には気候変動が大きく関わり、マヤ文明もまた長期的な干ばつにより崩壊したと考えられています。日本においても、古墳時代から奈良時代への転換は、洪水や寒冷化といった環境要因が大きな背景にありました。江戸時代の人々もまた、度重なる飢饉や洪水に対応するために、土地を移り変えざるを得なかった。つまり「住む場所を選ぶ」という行為は、人類が文明を築く上での常態なのです。 


4世紀から7世紀にかけてヨーロッパで起こった民族大移動でも、ゲルマン系やスラブ系の諸民族が、中央アジアでの圧力による社会崩壊や気候変動、そして気温が上がったことで疫病が蔓延し、大規模な移住を繰り返し行いました。

西ゴート族、東ゴート族、フランク族、アングロ・サクソン族など、現在のヨーロッパ諸国の基礎となった民族の多くが、この時期に移動しています。


最新のDNA研究によれば、過去5万年の間に少なくとも5回の大規模な人類大移動があり、その多くが気候変動によって引き起こされました。気候変動を前にして「同じ場所にとどまり続ける」ことは、むしろ歴史的に見れば異例の選択と言えます。


スパイクリーの傑作映画「Do the Right Thing」は、ニューヨークのブルックリンを舞台に、真夏の酷暑の日に発生した事件を描いています。物語の流れの中で、気温が上昇するにつれ住民たちの緊張が高まり、ついには暴動と悲劇的な事件へと発展していきます。

この映画が夏の最も暑い日に起こった出来事を描いていることは、その年の都市の極端な暑さが、人々の精神状態や社会的な対立を一層激化させる要因となるという、気温と社会現象の関係を印象的に示しています。


いま日本で起きている現実は、将来、否応なく都市移住や生活拠点の変更を迫られる時代の前触れなのかもしれません。

もしくは、自分の心身の健康を守るために、気候とどう向き合うのか。

少なくとも歴史が教えてくれるのは、環境の変化に適応できなかった文明は衰退し、新しい環境に適応した人々が次の時代を築いてきたという事実です。


どこで暮らすか、どこに未来を託すか。

それは、1点なのか複数拠点なのか。


今、個人レベルでも文明レベルでも、世界中で改めて問われているテーマだと、強く感じる今週です。


(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.742』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report

高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。


高城剛 プロフィール

1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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