長らく続いた英国階級社会の総決算
2026/11/02 08時30分公開
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高城未来研究所【Future Report】Vol.802(2026年10月30日)近況
今週は、ロンドンにいます。
夏時間が終わり、午後四時半を過ぎれば街はもう薄暗く、五時にはすっかり夜。ヒースローから市内へ向かう車窓の家々にはハロウィンのカボチャが並び、翌週には花火の夜、ボンファイア・ナイトが控えています。1605年に議会を爆破しようとした男を、四百年以上も毎年燃やし続けるこの国と人々の執念深さは、いまも変わりません。
さて、今回真っ先に目に入ったのは、メイフェアやベルグレイヴィアの不動産屋のウィンドウに並ぶ「値下げ」の札でした。
英国統計局によれば、ウェストミンスター区の住宅価格はこの一年で25.4%下落、シティは20.4%、ケンジントン・アンド・チェルシーは14.7%下がり、インナーロンドン全体でも8.3%の下落です。英国全体の平均が2%ほど上がっているなかで、ロンドンの中心部だけが著しく沈んでいます。
不動産ポータル大手のライトムーブによれば、ロンドンで売りに出ている物件の38%が値下げ中で、買い手が見つかるまで平均78日、そもそも買い手が見つかる物件は四割に過ぎません。
クイーンズ・ゲート・ガーデンズのフラットが一年で百万ポンド近く値を下げ、二千万ポンドで売りに出た邸宅が千四百万ポンドまで下がった、とロンドン在住時にクライアントだった馴染みの不動産屋は嘆きます。
大きな理由は、昨年4月、二百年以上続いた「ノンドム」制度が廃止され、英国に住みながら海外所得に課税されない特権が消えたからです。合わせて相続税の網は全世界の資産に広がり、投資家ビザも廃止。
ヘンリー・アンド・パートナーズの推計では、昨年わずか一年間に英国から純減した富裕層は1万6,500人と、世界最大の流出国になりました。さらに、二百万ポンド超の住宅を対象にした「マンション税」の導入が検討され、現在、売りが売りを呼んでいます。同じように新興高級レストランの客足も激減。
そこに、金利が重くのしかかります。2月にはじまったイランとの戦争で、二年固定の住宅ローン金利は4.25%から5.55%へ跳ね上がり、英国10年国債の利回りは今月8日に5.53%と、リーマンショック直前2007年以来の高さを付けました。30年債は5.9%近くで、6%を超えるのも時間の問題と言われます。
統計上、英国経済は三ヶ月ごとの成長率で八期連続のプラスを続けています。しかし、建設は四ヶ月連続で縮み、給与所得者は減り、消費者向けサービスも落ち込んでいます。一部の金融業と富裕層が数字を引っ張るため成長しているように見えても、街の空気は不景気。ロンドンの友人たちが口を揃えて「完全な踊り場」と言うのは、このことです。
こうした「二つの英国」は、ロンドン市内でも顕著で、ハロッズの売り場はいまも湾岸と中国からの客で埋まり、メイフェアの会員制クラブは夜ごと満席です。一方、オックスフォード・ストリートでは老舗の跡地を土産物屋と空き店舗が埋め、フードバンクの利用は過去最多の水準が続いています。見上げれば、工事のクレーンの数は明らかに減りました。住宅の着工は落ち込み続け、金利が5%を超えた国では、建てるより待つほうが合理的だからです。
財政では、今週、7月に就任したばかりのバーナム首相のもとで、ヒーリー財務相が初めての秋の予算を発表しましたが、中身がどうであれ、市場が見ているのは、生活費対策の約束と膨らみ続ける利払いをどう両立させるのか、という一点だけです。そして、どちらに転んでも、いつか誰かが支払うことになります。
では、いったい誰が払うのでしょうか?
その答えは、バーミンガムに行けばわかります。
欧州最大の自治体であるバーミンガム市は、2023年9月に事実上の財政破綻を宣言しました。負債は35億ポンドを超えて英国の自治体で最大、住民税はこの二年で二割近く上がり、ゴミ収集のストライキは一年以上続いて、通りにはゴミの山が積み上がりました。
今年5月の市議会選挙では、14年間市政を握ってきた労働党が65議席から17議席へと転落。最多の23議席を取ったのは右派のリフォームUK、次いで19議席の緑の党、13議席の無所属でした。左右の両極が同時に膨らみ、見事に真ん中が消えた選挙で、これからの世界を端的に表している結果です。本質は二大政党制の母国で二大政党が終わった、ということだと僕はみています。
英国は、階級社会を発明した国です。
1845年、のちに首相となるディズレーリは小説『シビル』のなかで、この国には「互いに行き来も共感もない二つの国民」が住んでいる、と書きました。富める者と貧しい者。それから180年、東と西の戦いが終わり、一度はフラットに向かうように見えましたが、二つの国民はいまも健在で、ただし片方は、国境を越えて出ていけるようになりました。
ロンドンの不動産屋のウィンドウが教えているのは、富裕層が出ていったあとに安くなるのは彼らが住んでいた家だけで、街に残された人々の暮らしは少しも安くならない、という事実です。
いま、日暮れの早い街で、サッチャー以来四十年あまりの階級社会の総決算を見ているような気がしてなりません。
冬の足音が、確実に近づいているのを感じます。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.802』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
高城未来研究所「Future Report」編集部