これから日本に訪れる「凪のなかの巨大な転換」

2026/06/01 08時30分公開
高城未来研究所【Future Report】Vol.780(2026年5月29日)近況
今週は、名古屋にいます。

ご存知の方も多いと思いますが、長らく名駅の顔として親しまれてきた名鉄百貨店本店メンズ館・本館は、今年2月末をもって営業を終了しました。
その後に控えていたのは、最高170メートル級の超高層ビル2棟を中心とする、事業費5,400億円、周辺整備を含めれば総額約8,880億円にのぼる巨大再開発計画でした。
アンダーズホテル、新たな商業施設、駅ビル群が連なり、リニア中央新幹線の開業に合わせて名古屋の風景を一変させる、東海地方では戦後最大規模のプロジェクトです。

ところが、この計画はいま「未定」となっています。昨年12月、名鉄は解体・新築工事の予定者選定を進める過程で、概算工事費が当初の予定をほぼ2倍にまで膨らんだことを明らかにしました。
名鉄はいまのところ「計画を白紙にはしない」と言っていますが、2026年度中に方向性をまとめると発表したものの、解体すら着手できない状況です。閉店した名鉄百貨店の建物は、このままいけば、東海地方最大のターミナル駅の真ん前に「使われない巨大な廃墟」として、しばらくそびえ立つことになります。

現在、名駅の周辺は人通りも多く、店も開いていて、いまのところ表面的にはなんら異変はありません。けれども、その背後で「未来の風景」が止まってしまっています。
再開発の鉄板の囲い、建設中のクレーン、足場の音。そういった、これから何かが始まる気配がありません。
これは名鉄だけではなく、東京の中野サンプラザ、五反田TOC、新宿駅南口、そして博多駅空中都市、札幌駅前再開発と、ここ数年に発表された大型再開発で、当初予定通りに進んでいるものは事実上ひとつもないと言っていい状況で、バブル崩壊した風景と酷似しています。

一方、株価は史上最高値を更新し続けています。
プライム市場の1日の売買代金は10兆円を超え、1年前の倍近い。世界中のマネーが割安な日本に流れ込み、半導体・AI関連を中心に、企業業績も期初ガイダンスを強気で出している会社が多く、リニア中央新幹線も工事費を計2.3兆円積み増して、それでも前に進むと決めました。
経済指標を見るかぎり、日本は明らかに好景気の真ん中にいます。

それなのに、街の風景の一部だけが、止まっています。

風景か数字か、どちらが真実か言うまでもありませんが、少なくとも1990年代初頭にバブルが崩壊したときとは、まったく違う状況です。
当時は、株価が先に崩れ、不動産価格が崩れ、企業の決算が崩れ、そして街が止まるという順序がはっきりしていました。
けれどもいまは、株価は崩壊どころか史上最高値、企業決算も悪くない、不動産価格は東京を中心にむしろ上昇しているにもかかわらず、再開発という未来の都市を構築する営みだけが、静かに止まってしまっています。
これは、僕が生きてきたなかで一度も見たことのない光景です。いま、「バブルが崩壊したわけではないのに、バブルが崩壊したように見える」奇妙な凪のなかにいます。

いったい、なぜ、こんなことが起きているのでしょうか。

直接的な理由はいくつも重なっているのでしょうが、第一に現実社会とオンライン社会の乖離が大きく進んでいるように感じています。
コロナ禍の3年間で、日本のホワイトカラーの働き方は、もう元に戻らないところまで変わりました。
当初は「コロナが明ければ皆オフィスに戻ってくる」という前提で多くの再開発計画が立てられていましたが、現実にはそうはなっていません。
週2日、週3日のハイブリッドがそれなりに定着し、外資系企業や先進的なIT企業では完全リモートも珍しくなくなりました。
つまり、超高層オフィスビルを東京以外に建てても、それを埋める「人」が、もう、以前ほどにはやって来ない。当然、夜になると人手は、以前ほどありません。
これは新しいビルや商業施設を建てて人を集めるという戦後から変わらなかった働き方よりも、なかなか目には見えづらいけど着実に新しい働き方へ移っていく、というゆるやかで、しかし不可逆な変化がみてとれます。

そして、この変化はオンライン化の加速によって、さらに先へ進んでいきます。ロサンゼルスやソウルを歩いてみるとよくわかるのですが、いま世界の先端的な都市では、人々が驚くほど家から出なくなっています。
LAでは食材も含めたデリバリーが食生活の中心になり、ジムは自宅トレーニングに置き換わって、エンタメは配信、仕事はZoomとSlack。
ソウルでは、あらゆるサービスがオンライン化され、文字通り1週間外に出ないで生活している若い世代が、もはや少数派ではありません。
買い物、仕事、医療相談、エンタメ、人付き合いなど、その多くが100%オンラインで完結する生活様式が、いま静かに世界標準になりつつあります。

高齢化する日本も、遅れてそうなると予測します。
となれば、これから10年、20年で必要とされるのは、ターミナル駅前の超高層オフィスビルではなく、自宅で過ごす時間の質を高めるインフラ、つまり通信、配送、住宅の質、近隣の小さなサードプレイスの方に重心がゆっくりと移るでしょう。
名鉄が建てようとしていた170メートルの双子のタワーは、コロナ前の世界線では正解だったのかもしれませんが、コロナ後の、そしてオンライン完結後の世界では、もしかしたら、そもそも需要そのものが蒸発しつつある建築物なのかもしれません。
供給が止まっているのではなく、需要も同時に静かに消えている。これが、いまの「凪」の正体だと見ています。

もうひとつ、見過ごしてはならないのは、数年前から何度かお伝えしてきた米国からのインフレの輸入です。

トランプ政権の関税政策によって、米国国内では輸入物価が押し上げられ、人件費も住宅価格も上昇を続けています。
FRBが利下げに転じても、構造的なインフレ圧力は収まる気配がありません。そして、米国でインフレが続けば続くほど、世界中の建設資材、エネルギー、半導体製造装置、人材の価格は、ドル建てで吊り上げられていきます。日本は、自分の国の物価がどうこういう以前に、世界最大の経済圏で起きているインフレを、貿易と為替、それに施策と密約を通じて自動的に「輸入」させられる立場にあります。
戦争などを表向きの理由にしていますが、本質的には円が135円であろうと150円であろうと、ドル建ての建設資材は容赦なく上がり続け、日本国内のゼネコンが「2倍に膨らんだ」と悲鳴を上げる構造は、当面のあいだ緩和されません。

つまり、日本の建設業界が直面しているのは、言い訳めいた戦争や国内の人手不足だけではなく、米国のインフレを介して、世界の建設バブルが日本に転送されてくる二重の圧力なのです。
それでいて、日本国内の需要側は、リモートとオンライン化によって、緩やかに蒸発し始めている。
供給は世界価格で吊り上がり、需要は静かに消えていく。この鋏状の力学のなかで、特に日本の地方都市は身動きが取れなくなっています。

短期的には、東京の都心とごくわずかな例外を除いて、大型都市再開発は「全国的に凍る」ことになるでしょう。
個人的にはもう一歩進めて、東京であっても採算ラインに乗らない案件は次々と先送りされていくと見ていて、その傾向はすでにはじまっています。地方都市の再開発は、バブル崩壊後と同じく、ほぼ全滅する可能性があります。
札幌、仙台、広島、博多など、各地のターミナル駅前で計画されていた「未来図」は、紙の上のままで数年を過ごす可能性が高い。

そして長期的には、「都市」というものに対して抱いてきたイメージそのものが、書き換わっていくのだろうと推察します。
20世紀の都市は、超高層ビルを建て続け、駅前を再開発し続けることで自分たちの生命力を表現してきました。
名駅大改修は、そのひとつの象徴です。けれども、実体経済そのものが、急速にオンラインへ移行しつつあります。
この台風の目のなかにいるのが、現在の「凪」の正体です。
そう考えると、これからの都市は、新しいものを建てる体力がない代わりに、既存の街区の使い方を組み替え、人の流れを編集し、デジタルとフィジカルを混ぜることで、ふたたび生命を吹き込んでいくしかありません。
どちらにしろ、この傾向は急速に進むでしょう。

観光客に占領された名駅そばの鰻屋で、これから日本に訪れるのは、不況でも好況でもない、「凪のなかの巨大な転換」なのだろう、と考える今週です。

そろそろ日本の梅雨がはじまります。

(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.780』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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