休み方の暦を気候に合わせて自分で引き直す

2026/09/28 08時30分公開
高城未来研究所【Future Report】Vol.797(2026年9月25日)近況
今週は、フォルメンテーラにいます。

イビサの港から高速船でおよそ30分。バレアレス諸島の有人島としてはもっとも小さく、面積は83平方キロ、人口は1万1000人あまりですが、夏のあいだだけその4倍以上に膨れ上がります。そしてこの島にはいまも空港がなく、船でしか渡れません。どれほどの富豪であろうとプライベートジェットで乗りつけることはできず、誰もが等しく海を渡ってくるしかない。この「ひと手間」こそが、フォルメンテーラをフォルメンテーラのままにしてきた最大の理由だと思います。

かつて僕は、イビサの夏を締めくくるクロージングパーティが終わると、船でこの島へ渡り、文字どおり「魂の洗濯」をしました。ひと夏ぶんの轟音と大勢の気を浴び続けた心身は、自分で思っている以上にくたびれているものです。ところが、海峡をひとつ越えただけのこの島には、巨大なクラブもVIPテーブルもなく、夜になれば本当に暗く、星空も素晴らしい。聞こえてくるのは風と波の音だけ。何もしない、誰にも会わない、時計も見ない。そうして数日を過ごすうちに、耳の奥に居座っていた低音がようやく抜けていき、体のほうが先に「夏が終わった」と納得するひとときがありました。

この島には、20年前のイビサがまだ残っていて、レンタルスクーターと自転車が主な足。タクシーは、ピーク時でも50台しかありません。白い漆喰の低い家並みの向こうには、枝を何本もの支柱で支えられたイチジクの木と、石垣で区切られた畑が続きます。浜へは松林の砂道を歩いて出て、昼食は水着のまま。誰が金持ちで誰がそうでないのか、服装ではまったく見分けがつかず、そもそも誰も急いでいません。イビサのように「自由」を売り物にするのではなく、かつて自由だった頃の空気が、ここには「まだ」あります。

なぜ、この島だけが取り残されたように見えるのか。歴史を振り返ると、フォルメンテーラは「取り残される」ことにかけては筋金入りだとわかります。

エス・プジョルスの近くに残るカ・ナ・コスタの巨石墓はおよそ4000年前のもので、紀元前3千年紀の終わりには、すでにこの島に定住者がいたことを示しています。古代ギリシャ人はイビサとこの島をあわせて「ピティウザ(松の島々)」と呼び、ローマ人は小麦にちなんで「フルメンタリア」と名づけました。これがフォルメンテーラの語源です。

ところが、1235年にアラゴン連合王国へ組み込まれたあと、14世紀後半から黒死病と海賊の脅威が重なり、島は無人になります。以後およそ300年、この島に来るのは、塩を採るためにイビサから一時的に渡ってくる人々だけの、完全に取り残された島でした。再入植が始まるのは1695年。国王がイビサの船長マルク・フェレールに土地を与えたのがきっかけで、海賊の脅威が薄れた18世紀に入植が進み、沿岸にはいまも当時の見張り塔が5つ残っています。1800年の人口は、わずか1200人ほど。つまり、いまの島民の歴史は、まだ300年あまりしかありません。

次にこの島が「発見」されるのは、1960年代です。ベトナム戦争に反対するアメリカの若者たちがヨーロッパへ流れ着き、60年代半ば、この島はイビサともにヒッピーたちの楽園になりました。当時の人口は3000人ほど。ピンク・フロイドのメンバーは何シーズンもこの島で過ごし、イビサで撮影された映画『モア』のサウンドトラック盤のジャケットには、この島の風車が使われています。キング・クリムゾンには「フォーメンテラ・レディ」という曲があり、ボブ・ディランが島の風車小屋に滞在していたという話は、いまも島の伝説として語り継がれています。

もっとも、この島の本当の主は、陸ではなく海の底にいます。

1999年、イビサは「イビサ、生物多様性と文化」の名で世界遺産に登録されました。城壁の旧市街ダルト・ヴィラばかりが有名ですが、これは文化と自然の両方が評価された複合遺産で、その「自然」を担っているのが、イビサとフォルメンテーラのあいだ、セス・サリネス自然保護区の海底に広がるポシドニアの大草原です。ポシドニアは地中海にしか生えない固有の海草で、海藻ではなく、花を咲かせ実をつける植物です。2006年には、この海域で全長8キロ、推定10万年前から生き続けているとされる群落が見つかりました。地球最大級にして最古級の生きものの上を、僕らは船で渡ってくるわけです。セス・イジェテスの浜がカリブ海のように透きとおっているのも、この草原があってこそなのです。

だから、この島は自分の身を自分で守ります。フォルメンテーラは2019年から、夏のあいだ島を走れる車両の総数に上限を設けるようになりました。これは、スペインでも先駆けとなる試みでした。今年の上限は1万287台で、レンタル車両の枠はクルマ2268台に対してバイクが5880台。四輪バギーの枠はゼロ、キャンピングカーの乗り入れも制限されています。この島の主役がスクーターであることが、数字にも表れています。昨年からはイビサもこれに倣い、2年目の今年は上限をさらに絞りました。小さな島が先に決め、大きな島が後を追う。いかにもこの島々らしい順番です。

興味深いのは、この規制の「期間」です。当初は7月と8月だけでしたが、2021年には6月最終週から9月第1週までに広がり、2022年は6月15日から、2023年以降は6月1日から9月30日までの4カ月になりました。規制の期間が伸びたのは、混む期間が伸びたからです。

かつて、イビサとフォルメンテーラの「夏」とは、7月と8月のことでした。それがいまでは、5月中旬から10月中旬まで、実に5カ月に伸びています。イビサのクロージングパーティは、以前なら9月末までにほとんど終わっていましたが、いまは10月の第2週まで続き、今年、最後を締めくくるDC-10のクロージングは10月12日です。僕が魂の洗濯に渡ってきた頃とは、暦そのものが変わってしまっています。

理由のひとつは、間違いなく気候です。スペイン気象庁によれば、今年の夏はスペインの観測史上もっとも暑く、本土とバレアレス諸島が熱波の下にあった日数は61日。これまで最多だった2022年の41日を大きく上回りました。5月の末にはすでに7月並みの気温になり、9月に入ってからも熱波が来ています。9月の熱波は、観測史上まだ5回目です。海も同じで、この7月の地中海の表面水温は7月として過去最高を記録し、バレアレス諸島の海では32度を超えた地点もありました。
真夏の地中海は、もはや暑すぎて、混みすぎて、高すぎる。実際、この8月にフォルメンテーラを訪れた観光客は前年より4%減ったと報じられています。旅慣れた人ほどピークを外し、5月や9月、10月にやって来る。夏が伸びたというより、「夏のいちばんいいところ」が、真夏から両サイドへ引っ越したのです。

ただし、喜んでばかりもいられません。海の熱波は、この数年、ポシドニアにも被害を与えてきたと指摘されており、国際自然保護連合(IUCN)は、この世界遺産の保全見通しを「重大な懸念」と評価しています。シーズンを伸ばしてくれた温暖化が、同時に、この海の透明さの源を脅かしているという実に皮肉な話です。

もちろん、この島も何ひとつ変わっていないわけではありません。値段はとうに「20年前」ではなくなっています。「変わらずにいるためには、変わらなければならない」。これは、ランペドゥーサの『山猫』の有名な台詞ですが、クルマの数を絞り、海底の草原を守ろうとするこの島を見ていると、「20年前のイビサ」は放っておいて残ったのではなく、残そうと決めた人たちが、変え続けることで残してきたのだとわかります。

地中海の島々は、客も店も行政も、それぞれの都合で少しずつ動いた結果、夏の定義そのものを引き直しました。日本の海がいちばん気持ちいい季節も、おそらくもう真夏ではありません。休み方の暦を、気候に合わせて自分で引き直す。国や会社が決めてくれるのを待つ必要はなく、これは個人や地域の有識者が今日からできることだと思います。僕はそれをイビサやフォルメンテーラで何度も見てきました。

9月下旬のフォルメンテーラは、光がやわらかく、海はまだ十分にあたたかい。
気温は、最高気温26度、最低気温24度。
かつては轟音の後片付けをするように渡ってきたこの島に、いまは、ただ去りゆく夏を楽しみに来ています。

(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.797』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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