「和歌」は神様のお告げだった〜おみくじを10倍楽しく引く方法

2024/02/07 18時22分公開 / 2024/02/13 17時02分更新

日本人にはお馴染みのおみくじ。初詣に行ったら引いてみる方も多いと思いますが、そのおみくじをあなたはどのように読み解いていますか? 吉凶判断のところだけを見て「大吉だ!ツイてる!」「凶だなんて最悪〜」と、境内の所定の場所にくくりつけておしまい……になっていませんか? それではなんともったいないことでしょう。じつは、おみくじには、それを引いたあなたへの神様からの大切なお告げが書かれているのです。おみくじの歴史と意味についてもくわしい解説が書かれている『歌占カード 猫づくし』(夜間飛行)の著者で中世日本文学の研究者である成蹊大学の平野多恵教授にお話しを伺ってみました。


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現代のおみくじにも受け継がれている「歌占」の文化


――まず、この本のタイトルとなっている「歌占」とは聞き慣れない言葉ですが、これがおみくじの源流となったものだそうですね?

神社のおみくじに和歌が書かれているのを見たことがありますか。そもそも、この世ではじめて五七五七七、三十一文字の和歌を詠んだのは天照大神の弟である素戔嗚尊(すさのおのみこと)と伝えられています。平安時代以降は、巫女などのシャーマンを通して神さまのお告げが和歌によって人々に示されるようになりました。それを「歌占(うたうら)」といいます。その歌占は室町時代には占い本となって、江戸時代には和歌のおみくじ本が出版されて、それが現在のおみくじの和歌につながっています。


――たしかに、おみくじを引くと和歌が書いてありますね。大吉か小吉かしか気に留めていませんでしたが、和歌にはどんな意味があるんですか?

日本の神さまは、人間に何かを伝えるときに、和歌でお告げを示しました。もともとの歌占は神さまのお告げの歌をそのときの状況に合わせて解釈するもので、吉凶などは付いていませんでした。

すべてのお告げが和歌で示されたわけではないのですが、夢の中で神さまのお告げの歌をいただくことも多かったようです。天皇の命令でつくられた勅撰和歌集(『拾遺集』や『新古今集』など)には、そのような歌が多く収められています。当時の人々にとって、神さまのお告げの歌はとても重要なものだったのです。

『歌占カード 猫づくし』


五七五七七の和歌に込められた「神さまのお告げ」


――それでは、おみくじを引いて和歌を読まないで終わるのでは、神様からのお告げを読まないまま、ということになってしまうのですね。でもなぜ「歌占」という言葉が消えて「おみくじ」となったのでしょう。理由があるのでしょうか?

江戸時代に出版された歌占本に、『天満宮六十四首歌占御鬮抄(てんまんぐうろくじゅうよんしゅうたうらみくじしょう)』という和歌みくじの本があります。その書名に「歌占御鬮(うたうらみくじ)」とあることから、当時は「歌占」が「御鬮」と同等のものと考えられていたことがわかります。

それが明治時代になり、西洋的な近代化を目指した日本政府が呪術や民俗的な信仰などをいかがわしい迷信として廃止するよう命じたことで状況が変わりました。おまじないや占いも迷信として避けられたために、「歌占」ということばが使われなくなり、より神社にふさわしい「御神籤(おみくじ)」という名称が主流になったのでしょう。


――歌占がそのような経緯で消えていってしまったのは残念です。そこでこの『歌占カード 猫づくし』の誕生で、歌占が現代に復活というわけですね。可愛い猫の絵と和歌がカードに書かれていて、自分で引けるおみくじカードとしても使えます。和歌が読み解けなくても意味は付録の小冊子に書かれていてわかりやすいですね。ところで、歌占カードを引く前に、「呪歌」という呪文なようなものを唱えるのはなぜですか? 「呪いの歌」と思うとちょっと怖い感じがしますが……。

「呪歌」の「呪」は、おまじないのことです。「呪」というと、「呪い」を連想して人に災いを与えるイメージは強いですが、神仏などに祈って、災いを避けたり、願いを叶えたりする、プラスの意味もあります。歌占の「呪歌」は、もちろん後者の意味で、歌占の場に神様をお招きし、自分にふさわしい歌が引けるように祈るためのものです。占いの前に呪歌を唱えるのは、精神集中にもつながります。室町時代から行われるようになった伝統です。


――仏教の高僧が巫女さんに歌占で占いをしてもらっていたというエピソードが本では触れられていましたが、神仏分離の現代からみると意外な気がしますが?

鎌倉時代の説話集『十訓抄(じっきんしょう)』には、平安時代に念仏と浄土信仰を広めたことで有名な源信(げんしん)(恵信僧都)が、奈良吉野の金峯山(きんぷせん)にいる有名な巫女をたずねて歌占をしてもらったという逸話が残されています。源信が自分の願いを巫女に占わせたところ、極楽浄土がどんなに遠くにあっても、心の道さえまっすぐ修行していれば、あっという間に着けますよという歌が出て、感涙にむせびながら帰ったという話です。

仏教の僧侶が神につかえる巫女に占ってもらうのは、現代の人からすると不思議に感じるかもしれませんが、当時は神社とお寺が同じ境内にあり、神前でお経を唱えたり、僧侶が神さまを信仰したりする神仏習合的な信仰が広まっていました。源信の歌占の逸話は説話集に収められたもので事実そのままとはいえませんが、神さまは仏教を守護するとも考えられていましたから、お坊さんが巫女に占ってもらったとしても不思議ではありません。


――この歌占カードは何と言っても猫の絵が可愛いですね。「猫づくし」にされた理由を教えてください。

歌占が流行していた時代の雰囲気をイラストからも感じていただけたらということで「猫づくし」になりました。歌占が本になって人々に楽しまれたのは室町時代から江戸時代です。室町時代には御伽草子(おとぎそうし)と言われる短編の物語が多く作られて、猫を擬人化した『猫の草子』や、占い師の登場する『鼠の草子』や『花鳥風月』といった作品があります。江戸時代の浮世絵には猫が多く描かれていて、擬人化した猫を描いた歌川国芳の浮世絵は今も人気ですよね。どことなく人間に近いところがある猫は擬人化するのにぴったりですし、どこかユーモラスで親しみやすく、しかも絵が猫であることで和歌と客観的に向き合いやすいというメリットもあると思います。


――漫画『ちはやふる』の影響もあってか、百人一首に親しむ人が増えているそうです。この「歌占カード」も、和歌の世界に親しむきっかけになりそうですね。

百人一首はカルタになっていて遊びとしてのおもしろさがありますし、名歌が集められていますが、多くの人にとっては、むかしの有名歌人の歌という感じで、和歌そのものとは距離があるのではないでしょうか。

それに対して、歌占カードで引いた和歌は自分だけのもの。1000年前の和歌も、自分のための歌として、自分ごととして受け止めることができるのです。それって、すごいことだと思いませんか。掛詞などの技巧を用いた歌からは、人の心と自然や物を重ね合わせる日本の伝統的な表現法を感じることができますし、歌に詠み込まれたモチーフがどのようなイメージで長く読み継がれてきたのかを知れば、ものごとを捉える視点もぐっと広がると思います。歌占カードをきっかけにして、和歌の世界に興味を持ってもらえたら、ほんとうに嬉しいです。

小学校から大学に至るまでアクティブラーニング型授業が最近とても注目されていますが、和歌を自分ごととして受け止められる歌占カードは、主体的に和歌を学ぶための教材としても活用できると考えています。百人一首を学びはじめたばかりの小学生にも好評なので、年代を問わず、楽しんでいただけたらと思います。


――また、そもそも先生の研究テーマである歌占を、可愛い猫の絵のカード付きで『歌占カード 猫づくし』として出版されようと思ったのはなぜですか? 占いの文章まで書かれていたのはちょっと驚きました。

奈良の阪本龍門文庫に『歌占』という室町時代の和歌占いの古写本があります。この本に収められた和歌には挿絵が添えられていて、歌占の方法を示す序文に和歌と絵をよく見て解釈するようにと書かれています。江戸時代に出版された歌占本にも和歌と絵の両方がありますので、歌占には「絵」がつきものなんですね。和歌はもちろん、絵も占いとして解釈するときの手がかりになりますので、最初の企画の段階からイラスト付きのカードという構想がありました。

猫の絵はイラストレーターの遠藤拓人さんが和歌をもとに描いてくださったものです。遠藤さんから絵が一枚一枚あがってくるたびに、歌占の世界が広がるのを実感しました。歌占カードを引かれたら、和歌をゆっくり読み上げて、絵もじっくり見ていただけると受け取れるものが増えると思います。


歌占も、おみくじも「自分と向き合うきっかけ」に


占いの文章を書くのは初めてですが、もともと室町時代や江戸時代の歌占本を大学の授業で取り上げて、占いとして解釈もしていましたから、その経験が役に立ちました。ですから、その延長線上で、まずは和歌の意味を解釈して、それに基づいてメッセージを書いていきました。占いとして受け入れられやすいようにということで、解説書には「幸運の鍵」や「アイテム」欄もあります。

それも書くことになったときには驚きましたが、和歌の意味やモチーフと関連の深いものをあげているうちにインスピーションがいろいろと湧いてきて、楽しく取り組ませていただきました。学生時代にアロマテラピーを習っていたり、友人がクリスタルのお店をしていたりというご縁もあって、偶然の必然を感じられたのは歌占の神さまのおかげかもしれません。


――たしかに、おみくじ感覚で、自分でカードを引くというアイデアは良いですね。行き詰まっている時、気分を前向きにするきっかけにもなりそうです。自分の気持ちを整理するためにも役立ちますね。

歌占の醍醐味は、引いた歌を自分の状況にあわせて解釈するところにあります。

神さまが自分のために示してくれた和歌だから、どんな意味か知りたくなりますよね。その歌が自分にとってどんな意味があるのか、あれこれ考えをめぐらせるうちに自分と向き合うことになりますし、今の状況を客観的に見られるようになるのではないかなと。

いわば、和歌をきっかけにした、ひとりカウンセリングです。歌占もおみくじも、そのお告げとしっかり向き合うことができれば、自分で自分をカウンセリングすることになると思います。歌占カードには解説書がついていますが、この解説はあくまで参考ですので、示された和歌とじっくり向き合って、自分なりの解釈を見つけていただけたら幸いです。



平野 多恵(ひらの たえ)

1973年富山県生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。十文字学園女子大学短期大学部准教授を経て、現在、成蹊大学文学部教授。日本中世文学、おみくじや和歌占いの文化史、アクティブラーニングによる古典教育の実践を中心に研究。著書に『明恵 和歌と仏教の相克』(笠間書院、2011)、共編著に『大学生のための文学レッスン 古典編』(三省堂、2009)、『明恵上人夢記訳注』(勉誠出版、2015)など

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