次の世界の答えはいつも辺境にある
2026/03/23 08時30分公開
0-
0
高城未来研究所【Future Report】Vol.770(2026年3月20日)近況
今週は、コスタリカにいます。
中米の小さなこの国は、軍隊を持たず、石油とは距離をおいた再生エネルギー率99%を誇り、現在、起きている惨事と真逆に位置するのではないかと考えます。
この数週間、中東ではイランをめぐる緊張が極限に達しています。米軍による攻撃、核施設への圧力、それに伴う原油市場の動揺。
イランという国は、世界有数の石油埋蔵量を誇りながら、その富が国民の幸福に還元されることなく、軍事と核開発と宗教権力の維持に注ぎ込まれてきました。
ある意味、化石燃料という二十世紀最大の「資源の呪い」を、最も先鋭的な形で体現している国に思えます。
そして、そのイランを空爆しているアメリカもまた、コスタリカとはまったく異なる価値体系の上に立っている国です。
イランとアメリカは表面的には敵対していますが、「軍事力こそが安全保障の根幹である」という信念と、石油依存社会においては、完全に同じパラダイムの中にいます。
コスタリカは、そのどちらとも根本的に異なる場所にあるのです。
1948年、内戦を経たコスタリカは、当時の大統領ホセ・フィゲーレスの決断によって、憲法から軍隊の存在を抹消する決断をしました。
当時としては正気の沙汰とは思えない選択です。
中米という、軍事クーデターと独裁政権が日常的に繰り返される地域にあって、しかもアメリカの「裏庭」と呼ばれる地政学的環境の中での大英断でした。
北にはグアテマラの軍事政権、南にはパナマの米軍基地、そしてワシントンはラテンアメリカ各国の政権をCIAの工作で次々とひっくり返していた時代のことです。
アメリカは当時も今も、「力による平和」をどこまでも実行する国家です。世界八百カ所以上に軍事基地を持ち、年間の軍事費は八千億ドルを超え、それでもなお「安全」が足りないと感じている。
銃の所有は憲法上の権利として守られ、年間4万人以上が銃で命を落としながら、いまも武装を手放すことができない。
国家のレベルでも個人のレベルでも、「武器を持つことが安全を保証する」という信念が、アメリカという社会OSの核心に根深くあります。
イランもまた、同じ論理の中にいます。
核兵器を持たなければ安全ではない。軍事力がなければ体制を維持できない。敵を作り、その脅威を国民に示し続けることでしか内部の結束を保てない。
アメリカとイランは互いを「悪の枢軸」だの「大悪魔」だのと呼び合っていますが、根底にある世界観は恐ろしく似ています。
力がなければ殺される。だから力を持たなければならない。
その論理の果てに、空爆と核開発があるのです。
コスタリカは、そのような大前提を拒否しました。
本当に力を持たなければ殺されるのでしょうか。
では、力を持たずに77年間やってきたこの国はどう説明するのか。
巨大な製薬産業も、NASAもペンタゴンもありません。
しかし、電力の99パーセント以上を再生可能エネルギーで賄っているという事実。
水力、地熱、風力、太陽光。火山国であることを最大限に利用した地熱発電と、豊富な降水量を活かした水力発電が主力ですが、2017年には300日連続で再生可能エネルギー100%を達成しました。
アメリカがシェールオイルを掘り、中東に空母を送り、産油国との複雑な同盟関係を維持するために莫大な外交的・軍事的コストを払い続けた結果、巨大債務に苦しむ一方で、コスタリカは足元の火山と雨と風で電力を賄っています。
イランが石油を売った金で核兵器を作ろうとし、アメリカがその核兵器を阻止するために空爆し、その空爆に使う燃料がまた別の産油国から供給されるという、この気の遠くなるような暴力と資源の循環から、コスタリカは完全に外れているのです。
こうして軍事費に消えるはずだった国家予算は、教育と医療と環境保全に振り向けられました。
その結果、識字率は98パーセントに達し、国民皆保険制度が整備され、平均寿命は80歳を超えています。
一人あたりの医療支出はアメリカの数分の一でありながら、健康指標ではアメリカと肩を並べるか、指標によっては上回っています。
アメリカの平均寿命は先進国の中で最低水準に沈み続けており、特にこの十年は「絶望死」と呼ばれる自殺、薬物過剰摂取、アルコール性肝疾患による死亡が若年層で急増しています。
世界最高の軍事力と世界最先端の医療技術を持ちながら、国民が絶望して死んでいく。年間の軍事費8000億ドルは、この絶望を少しも減らしていません。
コスタリカの太平洋側に突き出したニコヤ半島は、世界に五カ所あるブルーゾーンのひとつです。
ブルーゾーンとは、統計的に長寿者が突出して多い地域のことで、日本の沖縄、イタリアのサルデーニャ島、ギリシャのイカリア島、カリフォルニアのロマリンダ、そしてコスタリカのニコヤが名を連ねています。
ニコヤの長寿者たちの血液データを見ると、DHEAの値が同年代の平均よりも著しく高いことがわかっています。
DHEAは副腎から分泌されるホルモンで、加齢とともに減少しますが、ストレスの少ない生活環境と適度な身体活動が、その分泌を維持しているのではないかと考えられています。
さらに、この地域の水はカルシウムとマグネシウムの含有量が極めて高い硬水であり、心血管系の健康に寄与しているという報告もあります。腸内細菌の多様性も都市部住民を大きく上回り、特に酪酸産生菌の割合が高く、慢性炎症の抑制に寄与しています。
驚くべきことに、ニコヤの男性が100歳まで生きる確率は、長寿大国日本の男性の7倍です。
アメリカが年間三千億ドル以上を医療に投じながら「絶望死」を止められないのは、この地で生きがいを指す「プラン・デ・ビダ」が社会から失われつつあるからだと考えます。
最先端の分子標的薬も手術ロボットも、僕が言うところの「ハッピー感」を高める理由にはなりません。
イランの若者がテレグラムで国外脱出の情報を交換し合っているのも、核兵器が彼らの「プラン・デ・ビダ」を提供してくれないからです。
ここに、僕が考える二十一世紀の安全保障の本質があります。
アメリカ的な安全保障とは、脅威を想定し、それを上回る暴力装置を準備し、必要とあらば先制的に行使するモデルです。
イランもまた、同じ論理の中で核武装を目指しています。この二つの国は異なったイデオロギーを争っているのではなく、実は同じゲームの中で競っているに過ぎません。
コスタリカ的な安全保障とは、そのゲームそのものから降りることに他なりません。
軍事力を放棄する代わりに、国民の教育水準と健康水準を上げ、エネルギー自給率を高め、外部に依存しない社会基盤を作る。
そもそも攻撃される理由を減らし、攻撃されても国際社会が味方についてくれるような外交的ポジションを築く。
「そんなのは小国だからできることだ」という反論は、必ず出てきます。しかし、アメリカの軍事費八千億ドルは、同国を安全かつ国民を幸せにしたでしょうか。
膨大な軍事費を投じた結果として、アメリカ国民はより安全に、より幸福になったのでしょうか。
化石燃料の時代が終わりに向かい、軍事力の限界が中東で日々証明され、世界最強の軍隊を持つ国の国民が希望を失いつつあるいま、コスタリカが77年前に始めた「実験」は、もしかしたら人類の未来の雛形なのかもしれません。
軍隊ではなく教育に投資し、石油ではなく「自然資本」と言われる火山と風と太陽に依存し、核兵器ではなく生物多様性を安全保障の基盤とする国。
それを夢物語だと笑うのは簡単です。しかし、それで77年間やってきた現実が、ここにはあります。
このままのモデルはインストールできなくても、この国に学ぶべきヒントが多数あるのは間違いありません。
少し前までAIが夢物語だったように、未来は突然現実になります。
次の世界の答えは、いつも辺境にあると実感する今週です。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.770』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
高城未来研究所「Future Report」編集部