9月は少しだけ切ない季節

2026/09/07 09時45分公開
高城未来研究所【Future Report】Vol.794(2026年9月4日)近況
今週も、バルセロナにいます。

9月に入った途端、街の空気が入れ替わりました。8月の最終週まで海岸線を埋めていた観光客の波がすっと引き、バカンスから戻った地元の人たちが通りに帰ってくる。長く夏季休業だった地元のレストランのシャッターが開く。こうして、秋には町全体が、再び住民のものになるのを感じます。

そして僕にとって9月は、少しだけ切ない季節でもあります。夏とともにチリンギートの季節が、終わりに近づくからです。

チリンギートとは、スペインの海岸に立つ小さなビーチバーのこと。砂浜に直接置かれたテーブル、少し傾いたパラソル、素足のまま座れるプラスチックの椅子。イワシの炭火焼きの煙が潮風に混じり、隣のテーブルでは、キンキンに冷えたグラスが汗をかいている。メニューは驚くほど簡素で、揚げた小魚、ガーリックシュリンプ、パエリア。しかも、掘立て小屋同然のところも少なくありません。それでも、僕はこのチリンギートを、愛してやまないのです。

理由を言葉にするのは案外むずかしいのですが、あえて言えば、チリンギートは「引き算の贅沢」の完成形だからだと思います。靴を脱ぎ、時計を外し、予約もドレスコードも必要なく(半裸は禁止です!)、波の音より大きな音楽は流れない。都市の生活で身につけた鎧を、ひとつずつ砂の上に置いていく場所。豪華なものが何ひとつないのに、満たされないものも何ひとつない。

もっとも、いまのチリンギートは、辞書の定義から大きくはみ出した存在になっています。スペイン王立アカデミーの辞書は「屋外に設けられ、飲み物を売り、ときには食事も出す売店」と素っ気なく定義していますが、実際には、プラスチックの椅子に紙ナプキンの店もあれば、世界的な料理人が厨房に立ち、何週間も予約が取れない店もある。海水浴客が水着のまま座る隣のテーブルに、スーパーヨットで乗りつけた富裕層が座る。素朴な浜辺の食堂と高級ガストロノミーの境界は、すでに曖昧です。

だから僕は、チリンギートを建築や営業形態ではなく、機能で定義しています。海と陸の境界にあり、太陽のしたで昼食を予定外に長引かせ、人間を都市の時間から海の時間へ連れ戻す場所。それがチリンギートです!

店に着いたとき、ほとんどの店が街から近いこともあって、人はまだ都市の時間を持っています。何時に食べ終え、スマートフォンを見ながら次にどこへ行くかを考えている。ところが、前菜が届き、魚が焼け、米が炊き上がり、食後の飲み物を頼むころには、不思議と気持ちが完全に変わっています。こちらが時間を管理していたはずなのに、いつの間にか、ゆっくりと流れる時間の方がこちらを包んでいるのです。自由とは、選択肢が無限にあることではありません。次の予定を一つ、躊躇なく諦められることだと考えます。フードデリバリーの画面に何千もの料理が並ぶのに、昼食に二時間を使う自由がない現代の都市生活の中で、チリンギートは「ユルさ」や「遅さ」を欠陥ではなく機能として残している、数少ない場所なのです。

そこで僕たちが食べているのは、魚や米だけではありません。葦の屋根の隙間からテーブルの上を移動していく光を食べ、風を食べ、潮の匂いを食べ、目の前の海を食べている。隣にいる人たちの会話や、何も話さない時間まで食べている。チリンギートとは、環境を食べる場所なのです。ちなみに僕は酒を飲みませんが、いるだけでほろ酔いになる場所だと感じています。

そして、チリンギートのここ数年の大きな変化が、ガストロノミー化です。かつて冷たい飲み物と揚げた魚を出す小屋だったチリンギートに、いまやその可能性を再発見し、一流の料理人たちが参入して、魚の熟成、炭火、空間設計、音楽までを含めたひとつの体験を作り上げるようになりました。ミシュランガイドはすでにイビサのCasa Jondalを選出しており、チリンギートの系譜にある店が次々と星を取るのは、時間の問題だと僕は見ています。二十一世紀のラグジュアリーは、大理石の床や銀のカトラリーではなく、手に入りにくい入り江、汚れていない水、木陰、良い魚、少ない席、そして午後をゆっくりと使える時間と空気感。ここには、現代人が失ったものがある場所。だから目敏い料理人が海辺へ向かうのです。

もちろん、代償もあります。誰でも入れた小屋が予約困難な目的地になり、素朴さは演出され、背景の海はSNS用の舞台になる。それでも、僕はこの変化も含めて楽しむようになりました。日本の鮨も屋台から始まり、フランスのビストロも労働者の食堂から始まった。文化とは、そうやって格を上げていくものです。ただ、星が付き、ランキングができ、かつてのバルと同じように、世界中に「地中海風ビーチクラブ」が複製される前の、漁師の小屋からガストロノミーへ移る途中のいまの姿を、しっかり目に焼き付けておきたいと思って通っています。古いものだけを本物と呼ぶつもりはなく、新しいものを進歩と呼ぶつもりもありません。料理が洗練されても、自由は残るのか。それを確かめに、僕は今日も海辺へ向かうのです。

多くのチリンギート、特に街から離れた場所にある店は、10月になると、クローズします。パラソルが畳まれ、椅子が積み上げられ、砂浜は静かな冬の顔に戻っていく。だからこそ、9月の海辺の一皿は、一年でいちばん味わい深い。かつてイビサでDJをしていた頃、9月のクロージングパーティーでシーズンの終わりをなごり惜しみながら楽しんでいたように、今はチリンギートのクロージングを楽しむようになりました。

まるで時間が止まったような午後を惜しみながら、かつて海の街だった「江戸前・東京」を、地中海沿岸で夢想する夏の終わり。

日没は確実に早まり、海から吹く風には、もう秋の匂いが混じるようになりました。

(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.794』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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