負けた日を記念するカタルーニャの「奇妙な祭日」
2026/09/14 08時30分公開
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高城未来研究所【Future Report】Vol.795(2026年9月11日)近況
今週もバルセロナにいます。
本日9月11日は、ここカタルーニャでは「ディアダ」と呼ばれる国民の日です。多くの人にとって9月11日といえば、2001年のニューヨークで起きた同時多発テロの記憶と結びついた日なのでしょうが、バルセロナでは、この日は実に「奇妙な祭日」として知られています。
ほぼ毎年、気候が良いこともあって、この時期に滞在し祭りを眺めていますが、朝から街のバルコニーには、赤と黄色の縞に青い三角と白い星をあしらった独立旗「エステラーダ」と、星のない旗「セニェーラ」が並んで垂れ下がり、旧市街の教会脇には花束が積み上げられ、午後になると、人々が街の中心へ向かって歩き出す光景が見られます。
市庁舎前のサン・ジャウマ広場に「カステル」と呼ばれる人間の塔がそびえ、州議会は市民に門を開き、昼には家族が集まって長い昼食をとる。方々から聞こえてくる国歌「エルス・セガドールス(刈り取る者たち)」は、17世紀に農民が鎌を手に立ち上がった反乱を歌ったものですが、街の表情は少しも悲壮感はなく、誰もが祭りを楽しんでいます。
この日が奇妙で興味深いのは、「勝利の日」ではなく、「敗北の日」だということです。
1714年9月11日、スペイン継承戦争の最終局面で、14ヶ月に及ぶ包囲戦の末、バルセロナはブルボン家のフェリペ5世の軍門に降りました。カタルーニャは敗者になり、その代償として、自治政府も、議会も、独自の法体系も、公用語としてのカタルーニャ語も失います。つまり「ディアダ」とは、国が負けた日、国が消えた日を、300年以上経ったいまも祝い続けている祭日なのです。
もっとも、この日がいまのような形で祝われるようになったのは、それほど昔のことではありません。フランコ独裁の下では集会そのものが禁じられ、独裁者の死から2年後の1977年、ようやくバルセロナで100万人規模の行進が実現し、1980年に復活したカタルーニャ議会が最初に定めた法律が、9月11日を国民の日とするものでした。こうして、何より先に負けた日が「祭日」になったわけです。
しかも、その敗北の証は、いまも街の真ん中に残っています。
陥落後、フェリペ5世は市民を監視するための巨大な要塞「シウタデリャ」を築くため、旧市街の一角、リベラ地区の家々を千戸あまり、通りごと取り壊しました。その跡地は19世紀に鉄骨造りの市場となり、市場が閉鎖されたあと、図書館へ改装しようと床を剥がしてみたところ、1700年当時の街並みが、そっくりそのまま出てきたのです。現在は「エル・ボルン文化記憶センター」として公開されており、鉄とガラスの屋根の下に、石畳の路地と家々の土台が、まるで昨日まで誰かが暮らしていたかのように広がっています。
そして、家を壊された住民たちを移り住まわせるため、18世紀の半ばに海辺を造成して生まれた新しい街区が、バルセロネータ。そう、僕の好きなチリンギートが軒を連ねる、あのビーチの街です。海辺で午後をゆっくり楽しめるこの街いちばんの「ユルさ」は、300年前の敗北と強制移住の上に成り立っているのは、なんとも興味深い話です。
また、かつて僕自身が隣に住んでいたサンタ・マリア・デル・マル教会の脇には、「フォッサル・ダ・ラス・モレラス」という小さな広場があります。ここは、1714年の防衛戦で亡くなった市民が葬られた場所で、今も一角には消えることのない炎が灯り、毎年9月11日には、この広場と防衛戦を指揮したラファエル・カザノバの像の前に、献花の列ができます。
そして午後5時14分。「1714」にちなんだこの時刻に、カタルーニャ独立派の市民団体が主催するデモ行進が始まります。今年は「現在」と「未来」と名づけられた二つの隊列が、街の反対側から出発してカタルーニャ広場で合流する計画で、スローガンは「Hi soc. Hi som.(われ、ここにあり。われら、ここにあり)」。
毎年、行進はバルセロナのほかジローナとアンポスタの三都市に分かれて行われていますが、参加者数の推移を追うと、ひとつの運動の栄枯盛衰が、そのまま数字になっています。市警の発表で、2012年は150万人。巨大な「V」の字を人間で描いた2014年は180万人。カタルーニャ独立住民投票へ突き進んだ2017年には100万人。ところが、住民投票のあと指導者たちが投獄され、あるいは国外へ逃れた2019年に60万人、2023年に11万5000人、2024年に6万人、そして昨年は2万8000人と、10年あまりで、50分の1まで縮小してしまったのです。
その象徴が、当時の州首相カルラス・プッチダモンです。事実上、カタルーニャ独立に失敗し、2017年の秋にベルギーへ逃避行して以来、彼はブリュッセル郊外のワーテルロー、つまりナポレオンが最後の戦いに敗れた土地の名を持つ町に、もう9年近く暮らしています。
恩赦法は2024年に成立し、今年7月にはEU司法裁判所も同法を是認しましたが、スペイン最高裁は逮捕状を取り下げておらず、憲法裁判所の審議は今月下旬から始まる予定です。つまり彼は、今年も独立機運がもっとも高まる日「ディアダ」をワーテルローで迎えることになります。現在のカタルーニャ州政府は、独立に反対するカタルーニャ社会党のサルバドール・イリャ州首相が率いており、独立運動は、いま明らかに引き潮の中にあるのです。
それにしても、負けた日から時を数える民族というのは、世界でも珍しい存在です。
日本を振り返れば、8月15日を「終戦の日」と呼び、「敗戦の日」とは呼びません。もちろん、祭りでもない。敗北を「終わり」と言い換えて、焼け跡の上に高速道路を通した国と、敗北を「はじまり」と呼び、消えない炎を街の真ん中に置き続ける国。どちらが正しいという話ではありません。カタルーニャ人は自分たちの気質を、「セニー(分別)」と「ラウシャ(衝動)」という二つの言葉で説明します。
300年間、静かに炎を守り続けてきたのがセニーで、2017年の秋にいきなり住民投票へ突き進んだのがラウシャ。朝の広場にそびえる人間の塔の合言葉も、「力、均衡、勇気、そして分別(セニー)」の象徴です。塔を高く積み上げる衝動と、崩さずに降りてくる分別。「ディアダ」の一日には、その両方が同居しているのです。
季節はゆっくり変わり始めました。
バルセロナでは夏から秋に変わる時、少しだけ雨が降ります。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.795』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
高城未来研究所「Future Report」編集部