正月に父と将棋を指した
2023/03/10 16時40分公開
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正月に、80になった父と将棋を指した。最初はおじいちゃんを応援していた息子は、飽きてマンガを読み始めた。盤面は私が優勢に見えた。ミスをしないよう、丁寧に指した。途中、亡くなった兄の話が出た。
父は、あいつにはよく負けた、と言う。意外だった。
兄は、勝負事には向いていないタイプだと思っていた。
30代から鬱に悩まされていた兄は、作業所で出会った将棋の強いおじさんと指すようになってから腕を上げ、父を負かすようになっていたのだという。大学を出て、社会人になってから、兄とはほとんど話をしなかった私にとって、それは初耳だった。
久しぶりに、兄の顔を思い浮かべた。怒りっぽくて、人付き合いが苦手だったが、絵が上手かった。そんな兄が、「将棋の強いおじさん」と指している様子は不思議な光景だったが、なんとなく想像できた。
盤面は、さらに私が優勢だった。親父も歳をとったなと思った瞬間、去年はそう思ってから逆転負けをしてしまったことを思い出した。気を引き締めて、勝ちを固める。プロ棋士のように鮮やかに詰ませなくてもいい。私は、鋭い指し筋にはこだわらず、相手にチャンスを与えぬよう、慎重に、慎重に指し、父の玉を追い詰めた。
「負けや!」
父が投了した。勝ったのは何年振りだろう。まだ兄が生きて、正月に顔を合わせていた頃だったかもしれない。
たぶん、父と将棋を指せる機会はあと何度もないだろう。兄に「指導対局」をしてくれたおじさんは、いまどこで何をしているのだろう。