アメリカ合衆国建国二百五十周年の日に聖なる山を登る
2026/07/06 08時30分公開
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高城未来研究所【Future Report】Vol.785(2026年7月3日)近況
今週は、シャスタ山にいます。
カリフォルニア州北部、オレゴンとの州境にほど近いこの場所に、標高四千三百メートルを超える白い火山「シャスタ山」がそびえています。周囲に高い山がないために、その姿は平原から忽然と立ち上がるように見え、雪をいただいた円錐形のシルエットは、晴れた日には何十キロも離れた場所からはっきりと望むことができます。
麓に立って見上げると、その圧倒的な存在感に、なぜこの山が古来「聖なる山」と崇められてきたのか、理屈ぬきで腑に落ちる気がします。
この地に最初に暮らしていたのは、ウィントゥ族やシャスタ族をはじめとする先住民たちでした。彼らにとってシャスタ山は、単なる山ではなく、世界の中心であり、創造主が住まう場所でした。
ウィントゥ族は、この山の聖なる泉に自分たちの起源をたどり、いまも毎年八月に部族の神聖な儀式を執り行っています。近隣のクラマス族の伝承では、天界の精霊スケルがこの山の頂に降り立ち、地下世界の精霊ラオと激しく戦ったと語り継がれています。
二つの精霊が火の玉と岩を投げ合って空を黒く染め、大地を揺るがした。これはおそらく、この地方の人々が実際に目撃した火山の噴火の記憶を、神話のかたちで写しとったものだと推察されます。
山そのものが神聖な存在であり、安易に頂を踏むことは許されない。そうした畏れの感覚が、何千年にもわたってこの土地に根づいてきました。
興味深いのは、この山が近代に入ってから、先住民とはまったく異なる系譜の、無数のスピリチュアル運動を引き寄せ続けたことです。その源流をたどると、意外にも一冊の本にたどり着きます。
ゴールドラッシュ期のカリフォルニアに暮らしていた十代の青年、フレデリック・スペンサー・オリバーが書いた『二つの惑星の住人(A Dweller on Two Planets)』。
オリバーの死後、一九〇五年に出版されたこの本は、「フィロス・ザ・チベタン」と名乗る霊が自分を通して語ったものだと主張する、いわゆる「チャネリング」の書でした。ここに、シャスタ山の地下に秘密都市があるという着想、霊的な達人たちの結社「アイ・アム」へと連なります。
このオリバーの本が種をまいた「レムリア伝説」は、その後さらに大きく育っていきます。もともとレムリアとは、十九世紀の動物学者が、マダガスカルとインドの双方にキツネザル(レムール)の化石が見つかることを説明するために唱えた、仮説上の失われた大陸の名でした。
プレートテクトニクスの発見によって科学的にはとうに否定された概念ですが、これを神智学の創始者ブラヴァツキー夫人らが霊的に読み替え、高度な精神文明を持つ古代大陸の物語へと変貌させました。
そして一九三一年、薔薇十字団の指導者ハーヴェイ・スペンサー・ルイスが「ウィシャー・S・サーヴェ」という筆名で著した本によって、レムリアの生き残りがシャスタ山の内部に住んでいるという物語が、決定的に広まっていきます。
それによれば、レムリア人はアトランティスとの戦いで大陸を失い、この山の地下に逃れ、「テロス」と呼ばれる水晶の都市を築いた。背が高く、長い白衣をまとった彼らが、ときおり麓の町に降りてきて、金塊で買い物をしていく。そんな目撃譚が、まことしやかに語り継がれてきました。
そしてもう一つ、この山から生まれたのが、前述した「アイ・アム」運動です。一九三〇年、鉱山技師のガイ・ウォーレン・バラードが、この山の斜面を歩いていたとき、一人の人物と出会います。
その人物は自らを「サン・ジェルマン伯爵」と名乗りました。歴史上、十八世紀のヨーロッパの宮廷を渡り歩いた実在の錬金術師の名です。バラードは、この出会いを通じて「アセンデッド・マスター(昇天した大師)」の教えを授かったと主張し、妻エドナとともに宗教運動「アイ・アム・アクティビティ」を創始しました。
キリスト教と神智学、そして熱烈な愛国主義とを混ぜ合わせたこの運動は、バラード自身が過去世でジョージ・ワシントンであったと唱えるなど、荒唐無稽な要素を多分に含みながらも、最盛期には百万人もの信者を集めました。
そしてバラードの死後、一家は信者から金銭を騙し取ったとして連邦政府に訴追され、運動は一時衰退しましたが、その教えはいまもこの地に根強く生きています。いまも町なかには「アイ・アム」の資料室があり、毎年八月には地元の野外劇場で壮麗なページェントが催されているのです。
これらの伝説が土台となり、シャスタ山は二十世紀後半以降、ニューエイジ文化の一大聖地となりました。一九八七年の「ハーモニック・コンバージェンス」の際には、世界中から人々がこの山に集い祈りを捧げました。
地球のエネルギーが渦を巻く「ボルテックス」がここにあると信じる人々、水晶を通じてレムリア人と交信できると説く人々、山頂にたびたび現れる円盤状のレンズ雲を地下都市テロスに出入りする宇宙船を隠す偽装だと考える人々など、時代も文化も異なる無数の信仰が、この一つの山に折り重なってきました。
先住民の太古の畏れから、失われた大陸の幻想、昇天した大師の啓示、そして現代のスピリチュアリズムまで。山は何も語らず、ただそこに白くそびえているだけなのに、人間のほうが次々と意味を投影してきたのです。
このシャスタ山に、記念すべき日に登っています。今週、七月四日は、アメリカ合衆国の独立宣言から、ちょうど二百五十年。建国二百五十周年、セミクインセンテニアルと呼ばれる、半世紀に一度の大きな記念の日です。
1776年7月4日、フィラデルフィアに集まった十三植民地の代表が、一枚の羊皮紙に署名し、大英帝国からの独立を宣言しました。「一枚の羊皮紙と五十六の署名から、アメリカは人類史上最も偉大な政治的旅路を歩み始めた」と、歴代の大統領は、この建国の瞬間をそう讃えています。
あらゆる人間は平等に創造され、生命と自由と幸福の追求という奪うことのできない権利を持つ。この理念は、その後の世界史を動かす巨大な思想となりました。
二百五十年という歳月は、人類の歴史や国家のなかでは決して長くありません。けれどこの短い期間に、アメリカは辺境の植民地から世界最大の超大国へと駆け上がりました。西部開拓、南北戦争、二度の世界大戦、冷戦、そしてインターネットとシリコンバレーが生んだ情報革命。
僕がいまこのシャスタ山の麓でこうして原稿を書き、それが瞬時に世界へ届くことも、すべてはこの国が育んだ技術の延長線上にあります。
けれど、この記念すべき年を迎えたアメリカは、いま、その歴史上でもまれにみる深い分断の真っ只中にあると強く感じます。
この分断は、もはや政策の違いという次元を超えています。同じ出来事を見ても、人々はまったく異なる二つの現実を生きている。何が真実で、何が嘘か。誰が英雄で、誰が敵か。まるで、シャスタ山と下界の違いのように、まったく別の価値観が、わずかな距離のなかで生まれています。
ひとつの世界のなかにいるとき、人はしばしば、自分の見ている現実だけがすべてだと思い込みます。けれど、一つの山に何千年ものあいだ、これほど多様な意味が投影されてきたという事実は、同じものを見ても、人はまったく違うものを見る。そしてそれでも、山は山であり続ける、と教えています。
二百五十年という節目に、アメリカという国がこの先どこへ向かうのか、わかりません。けれど、麓から見上げるこの聖なる山の姿には、人間のあらゆる対立を超えた、もっと長い時間の尺度があることを思い出させてくれる何かがあります。
山の麓で争っているそのあいだも、太陽は山頂の雪を照らし、夕暮れには山が薔薇色に染まる。その光景の前では、いかなる分断も、いつか過ぎ去っていく一時の波のように思えてくるのです。
真夏だといえど、山頂付近の夕暮れは10度を下回ります。
熱く争う麓の論争から距離を置き、ここは頭を冷やすにはピッタリな場所なのは、間違いありません。
どちらにしろ、世界は多面的なのだろうな、と考える今週です。
高城未来研究所「Future Report」編集部