テクノロジーは常に権力よりも速く動く

2025/10/20 08時35分公開

高城未来研究所【Future Report】Vol.748(2025年10月17日)近況


今週は、香港にいます。


今から40年ほど前、当時大学生だった僕は民放のドキュメンタリー番組のディレクターとしてこの地に立っていました。それまでも何度も訪れていて馴染みがあった香港には、任天堂スーパーファミコンの海賊版ソフトが街中のあちこちで売られており、1つのパッケージに50のタイトルが入っている「50 in 1」などと書かれたソフトウェアが販売されていました。もちろん違法です。


そこで、このような違法ソフトは誰がどこで作っているのか気になり、東京の盛り場で知り合ったテレビのプロデューサーに話すと、面白がって「1本番組を作ってみないか」と請われ、カメラを担いで香港のダークサイドを垣間見る旅が始まりました。これが僕のテレビ番組演出デビュー作となります。


当時、香港には九龍城砦という、一言で言えば悪の巣窟とも言える不気味な場所がありました。無数の違法建築が折り重なり、電線と排水管がむき出しのまま空を覆い、昼間でも太陽が差さない迷宮のような空間。外からは近づく者も少なく、警察も容易には踏み込まない場所でした。香港市内のあちこちで流通する違法ソフトウェアの卸元を追いかけると、基本的には九龍城に行き着きます。


そこで、若毛の至りというか、当時怖いもの知らずだった無謀な僕は、小型カメラを片手に乗り込んでグイグイ撮影していたところ、怪しげな集団に追いかけられ大変な思いをしたことをよく覚えています。今思えば、よく無事で帰ってこられたものです。


その後1997年に英国政府から中国政府へ香港が返還され、当日も香港におりましたが、深夜0時きっかりに大陸から共産党軍が進駐して市内に押し寄せるのを目の当たりにしました。やはりここが近代香港史の上でも重要なターニングポイントとなりました。


怪しい商売はほぼ一掃。当時、中国政府は「一国二制度」などと甘言で人々を安心させていましたが、その後、2014年の雨傘運動、そして2019年の逃亡犯条例反対デモを経て、多くの若者が逮捕され、言論の自由が次々と奪われました。今や香港は中国の一都市に完全になりつつあります。


近年だとOpenAIが2024年7月に香港を「不支援地域」として公式にアクセス制限したため、現在も一般的にはChatGPTが使えません。


しかし、興味深いのはここからです。


OpenAIがアクセスを制限したにも関わらず、香港の街を歩けば至る所でAI関連のスタートアップが軒を連ね、中国本土のテック企業が次々と支社を構えています。かつて海賊版ソフトが溢れていた同じ街で、今度はAI技術を巡る新たな「グレーゾーン」が形成されつつあるのです。


今週、香港から深セン周辺一帯に広がるAI企業の幹部何人かにお目に掛かり、内々でお話を伺うと「我々は香港で西側の技術を学び、それを独自に発展させている。規制があるからこそ、独自のエコシステムが生まれるんだ」との事でした。


実際、中国国内では百度(Baidu)やアリババ、そしてDeepSeekなど、独自の大規模言語モデルが次々と登場し、急速に進化を遂げています。つまり現代の香港は中国本土と異なり、Googleも自由に使え、VPNを通せばChatGPTにもつながる西側アクセスへのデジタル玄関口なのです。


40年前、僕が追いかけていた海賊版ソフトの製造元は、単なる違法コピー業者ではありませんでした。彼らは限られたリソースの中で、いかに効率的にソフトウェアを複製し、流通させるかという「技術」を持っていました。それは今考えれば、リバースエンジニアリングの原初的な形だったのかもしれません。


今、同じ場所で起きているのは、西側のAI技術に対する「学習」と「独自発展」です。OpenAIが門戸を閉ざしたことで、逆説的に香港は中国式AIのハブとして機能し始めている。


昨日訪れた中環のコワーキングスペースでは、VPNを駆使しながら西側のAIツールを研究し、同時に中国本土のAIモデルを活用してビジネスを構築していました。彼らにとって、地政学的な分断は「制約」ではなく、むしろ「機会」なのです。


「どちら側にも完全には属さない」という香港の曖昧な立ち位置が、皮肉にも新たな価値を生み出している。かつて九龍城があった場所は、今や九龍城寨公園として整備され、観光客で賑わっています。あの無法地帯の面影はどこにもありません。しかし、「見えないデジタルの九龍城」は、今も香港のどこかに存在し続けているのではないでしょうか。


データの流れ、AIモデルの学習データ、暗号資産の取引等、目に見えない情報の往来が、物理的な街の下層で渦巻いている仮想都市。


1997年の返還から28年。規制があれば迂回路を見つけ、制限があれば別の方法を編み出す。40年前に海賊版ソフトを作っていた人々と、今(非合法データを活用した)AIスタートアップを立ち上げている香港の若者たちの間に、僕は不思議な連続性を見出さずにはいられません。


テクノロジーは常に、権力よりも速く動く。

そして「デジタル一国二制度」香港は、その最前線の実験上であり続けているのではないかと考える今週です。


気温日々30度超。この街はまだまだ夏です。


(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.748』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report

高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。


高城剛 プロフィール

1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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