最新医療ツールとしての道を進み始めた大麻とサイケデリック物質

2026/05/04 08時30分公開
高城未来研究所【Future Report】Vol.776(2026年5月1日)近況
今週は、パンガン島にいます。

いまからちょうど4年前、タイはアジアで初めて大麻を麻薬指定リストから外した国となりました。
当時、公衆衛生大臣を務めていたアヌティン・チャーンウィーラクンは、政府から全国の家庭に100万本のカンナビスを無料配布すると発表し、大麻を換金作物として位置づけ、タイを医療用大麻のリージョナル・ハブとする構想を掲げました。

この合法化は、瞬く間に巨大な「グリーン・ラッシュ」を引き起こしました。合法化の同年、タイの大麻産業の売上高はゼロから約280億バーツに達し、2025年までに倍増すると予測されていました。
小さなパンガン島にも大小様々なディスペンサリーが林立し、2024年に全国2万店舗近くまで膨らんだ大麻を扱う店は、数年のうちにコンビニエンスストアの数を超えるのではないかと言われていました。

しかし、この「グリーンラッシュ」は、2025年に劇的な転換点を迎えます。きっかけは政変にありました。
2025年6月25日、合法化を推進してきた「タイ誇り党」が連立政権から離脱した直後、「タイ貢献党」のソムサック・テープスティン公衆衛生大臣が、大麻花穂を「規制ハーブ」に分類する新規制を導入したのです。

新しい枠組みの下では、大麻の販売、所持、使用は厳格に認定された医療目的に限定され、免許を持つ医療従事者が発行した処方箋が必要となり、承認された医療条件は15種類ほど(がん、慢性疼痛、てんかん、うつ病など)。
処方箋の有効期限は最大30日間で、外国で発行された処方箋は一切認められません。

あわせて法的な罰則も明確になり、無免許所持は最大1年の懲役と罰金、違法販売は刑事訴追・営業停止・ブラックリスト入りし、公共の場での使用は最大3ヶ月の懲役または2万5000バーツ(約700米ドル)の罰金が科され、外国人も同罪で、入国管理に記録されます。

当然、ディスペンサリー側にも厳しい要件が課され、すべての大麻ディスペンサリーは、営業時間中、認定された医療従事者を常駐させなければならなくなりました。
この規制強化の影響は、業界を直撃。
2024年12月時点で2万軒近くあった登録大麻事業所のうち、2025年にはおよそ3分の1にあたる認可されていた大麻店が閉店。当局の執行検査により、約1トンの大麻が押収されました。
結果、小売市場は縮小し、残った店舗は約半数。わずか12ヶ月間でタイの合法小売店の45%以上が消滅しました。
今後も厳しく取り締まりが行われ、業界の再編と淘汰は当面続く見込みです。

興味深いのは、この劇的な方向転換の政治的背景です。
2025年9月、解任されたペートンタン・シナワットに代わり、数年前に大麻を合法化したアヌティン・チャーンウィーラクンが、タイの第32代首相に就任しました。アヌティンは2022年に公衆衛生大臣として合法化を主導したため、「タイの大麻王」の異名をとる人物です。
ところが首相に就任したアヌティンは公衆衛生と経済的利益の「バランスを取る」と述べ、医療・産業的便益を維持しつつ娯楽利用の監督を強化する方向で規制改定を示唆するようになりました。
この背景には、アルコールやタバコ業界からの強いロビー活動があったと噂されますが、結果、今後医療に限定され、全面再合法化の可能性は極めて低い状況です。

一方、大麻産業で先行する米国でより興味深い動きが起きています。2026年4月20日、トランプ大統領は、難治性の精神疾患治療にLSD、シロシビン(マジックマッシュルームの主成分)、MDMA、ケタミンといった幻覚剤の研究を促進する大統領令に署名したのです。
この英断は、幻覚剤がPTSD、難治性うつ病、依存症、終末期不安などの治療において、従来の薬物療法を凌駕する可能性を示すデータが、ジョンズ・ホプキンス大学、ニューヨーク大学、インペリアル・カレッジ・ロンドンといったトップ研究機関から続々と報告されてきた医学的エビデンスに沿った結果です。

難治性うつ病に対するシロシビン療法は、既存のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が効かない患者に対して、わずか1〜2回のセッションで症状寛解をもたらすことが複数の第II相試験で示されました。
注目すべきMDMA支援療法は、PTSDに対する第III相試験で、治療終了後18週時点で約67%の患者が診断基準を満たさなくなるという、従来の精神薬理学では考えられない結果を叩き出しました。
これらは、LSDやマジックマッシュルーム、MDMAやケタミンが、難治性うつ病の治療のブレイクスルーになる可能性を強く示唆しています。

こうなると、もはや「大麻は安全か危険か」「幻覚剤は危険か治療薬か」という二元論的な議論自体が、化学的かつ生物学的には意味をなしません。
タイで起きたことの本質的な問題は、合法化の是非ではなく、個人の遺伝的・神経生物学的多様性を考慮せずに、均質な製品を大量流通させたことにあったのは明白です。

一つの物質が、ある人には薬となり、ある人には毒となる。
この個別化された精密医療ならではの自明の事実を、社会制度と個人の自己理解の両方で、いかに実装していくか。
もはや医療は大多数のエビデンスドベースではなく、各人によって異なるパーソナライズド・エビデンスドベースの時代に入ったのは間違いありません。

タイの大麻政策の厳格化と、アメリカの幻覚剤研究加速。
一見正反対に見えるこの二つの動きは、実は同じコインの裏表です。
「規制なき自由市場」でも「全面禁止」でもない、第三の道。
すなわち、医療の枠組みのなかで、大麻もサイケデリクスもパーソナライズド・エビデンスに基づき、個人差を尊重しながら使用するという道に着々と進み始めたのだろう、と考えます。

パンガン島を賑わしたフルムーンパーティは、過去のもの。
大麻もサイケデリック物質も、いま、見失った自分を再び歓喜させるための最新医療ツールなのです。

(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.776』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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