急速に変化する欧州東部の政治状況

2026/09/21 08時30分公開
高城未来研究所【Future Report】Vol.796(2026年9月18日)近況
今週は、ウィーンにいます。

地中海の光から一転して、この街は、もう秋模様。街路樹が色づき始めた通りを歩いていると、ヨーロッパの都市のなかでも、文化的厚みからウィーンほど「かつて世界の中心だった」ことがにじみ出る街はないと、あらためて思います。

ただ、今回この街に来て最初に感じたのは、建築の重厚さでも音楽の気配でもなく、政治圧の変化でした。

現在のオーストリアで世論調査の首位に立っているのは、極右と言われる自由党(FPO)です。世論調査を集計するPolitProの9月16日時点の推計では38.7%。首相を出している国民党の21.1%を、大きく引き離しています。2024年秋の総選挙で自由党は28.8%を得て、初めて第一党になりました。
しかし、極右の自由党を阻止すべく、連立交渉を経て2025年3月に発足したのは、シュトッカー首相率いる国民党・社民党・リベラル政党NEOSの三党連立でした。それから一年半、自由党は野党のまま支持を広げています。
キックルは支持率の高さから、自らを「国民宰相(フォルクスカンツラー)」と呼んでいます。ナチス時代を想起させるとして批判されてきた呼称を使う政治家が、次の政権を着実にうかがっている。それが、2026年秋のオーストリアです。

ところが、レストランやカフェに座っていると、その気配はまったく感じられません。ウィーン市そのものは1945年以来、社民党が市政を率いてきた「赤いウィーン」で、2025年の選挙後も社民党とNEOSの連立が続いています。全国では自由党が伸びても、首都は別の政治を選んでいる。現在、欧州で顕著なのは、こうした大都市と国全体の温度差です。

地図を見ると、ウィーンが東西の接点であることがよくわかります。ウィーンはプラハよりも東にあり、スロバキアの首都ブラティスラバまでは直線距離で約55キロ。僕自身、何度も国境を越えて、タクシーで移動したことがあります。かつて冷戦時代、鉄のカーテンはすぐ東に引かれていました。
いま、その向こうにはスロバキアのフィツォ政権、昨年12月に返り咲いたチェコのバビシュ政権があります。一方、ハンガリーでは今年4月、16年続いたオルバーン政権が選挙で敗れましたが、勝ったのは元与党員マジャルが率いる中道右派で、東から右傾化が着実に忍び寄るように感じています。

先週9月6日には、隣国ドイツの旧東独ザクセン=アンハルト州の議会選挙で、極右AfDが43.8%を獲得し、メルツ首相の与党CDUは17.2%まで支持を落としました。AfDの支持率が高い地域を地図に塗ると、そこにはほぼ正確に、消えたはずの東ドイツの国境線が浮かび上がります。壁が崩れて37年、地図の上では、いまも壁が立っているのです。

この東西の断層には、ロシアとの関係も重なります。オーストリア自由党は2016年にプーチンの与党「統一ロシア」と協力協定を結んだ党であり、ウクライナ支援にも対ロ制裁にも反対する姿勢を掲げています。

僕がこの街で右傾化のニュースを聞くと、どうしても90年代を思い出します。当時、米国とヨーロッパを行き来していた僕がウィーンの街角で繰り返し目にしたのは、日焼けした顔にイタリア製のスーツを着た、ケルンテン州知事イェルク・ハイダーでした。
ナチスの「秩序ある雇用政策」を称賛して州知事の座を追われ、武装SSの退役軍人の集会で「立派な人格の持ち主たち」と語りかけた男は、メディアが批判すればするほど支持を伸ばし、1999年の総選挙で自由党を26.9%、わずか415票差で国民党を抜いて第二党に押し上げました。
何度かウィーンの街角で偶然拝見しましたが、演説は実に見事でした。翌2000年、国民党が自由党と連立を組むと、EUの他の14カ国はオーストリア政府との高位の二国間接触を制限し、イスラエルは大使を召還。
ウィーンでは毎週木曜日の夜に大規模なデモが続き、「ヨーロッパの真ん中に極右政権が生まれた」という衝撃は、当時大陸のどこにいても伝わってきました。そのハイダー自身は2008年、深夜に制限速度の倍でクルマを飛ばして事故死しています。

そして今日、四半世紀を経て、何が変わったのか。当時のヨーロッパは、オーストリアを「隔離」できました。しかし2026年、かつて異端として扱われた勢力は欧州各国の議会で存在感を増し、既成政党は協力するのか、距離を置くのかを、その都度迫られています。
ハイダーの絶頂期に選挙で27%を得た自由党は、いま世論調査の集計で39%近くに達しています。実は、この党は数年前にイビサ島で大スキャンダルを起こし、大きな危機に直面しました。
2019年、当時の党首シュトラッヘが、イビサの別荘でロシアの新興財閥の姪を名乗る女性に、国の公共事業を見返りに選挙支援を持ちかける密談を録画され、連立政権はあっけなく崩壊しました。
世に言う「イビサ事件」です。このとき内相の座を解任されたのが、ほかならぬキックルでした。それから七年、イビサで転んだ党が、ロシアの影をまとったまま、より強くなって戻ってきた。これが、ウィーンで感じる「政治圧の変化」の正体です。

世界有数の都市だった1900年前後のウィーンは、フロイトとクリムトを生んだ都であると同時に、若きヒトラーが心酔した反ユダヤ主義の人気市長カール・ルエーガーを生んだ都でもありました。精神分析と現代ポピュリズムは、同じカフェの隣のテーブルで育ち、ハイダーもキックルも、その系譜の上にいます。ザッハトルテの甘さと政治の苦さは、この街では昔から同じ皿に載ってきたのです。

いま、急速に欧州東部の変化を感じます。

(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.796』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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