夜を失った現代人

2026/05/25 08時30分公開
高城未来研究所【Future Report】Vol.779(2026年5月22日)近況
今週も、東京にいます。

宿泊している都心部のホテルの窓から外を眺めると、深夜0時を回っても、街はまだ煌々と光を放っています。コンビニエンスストアの白い蛍光、居酒屋の赤い提灯、24時間営業のジムから漏れるLEDの青白い光。治安の問題関係なく、欧州主要都市の暗さから考えると、この夜の光景は明らかに異常です。

経験から思うところですが、夜の過ごし方が翌朝の快適さを間違いなく決定します。そして、毎日の朝の積み重ねが、人生そのものの質を決めると言っても過言ではありません。そこでまず、多くの人たちが当たり前だと思っている「夜の食事」について、改めて振り返ってみましょう。

一日三食、特に夜にしっかり食べる。これは健康の常識のように語られますが、歴史を遡ると、必ずしも人類の自然な食習慣ではありません。むしろ「夜に重い食事をとる」という生活様式が一般化したのは、産業革命以降のことです。
資本家が工場労働に従事する人々の生活時間を画一化し、日中の長時間労働を終えた労働者が、夜にようやく食事と娯楽の時間を得る。そこに酒類産業が結びつきました。
一日の疲れを酒で癒し、その酒に合わせて濃い味の食事をとる習慣は本来の人間的生理現象とはかけ離れた、近代の労働システムと、それに付随する酒類のマーケティングによって形づくられてきました。

こうして夜の食事が「楽しみ」として演出され、外食産業と酒類産業、そしてメディアがそれを増幅させてきました。
生体リズムから見れば、本来、人間の消化能力もインスリン感受性も夕方以降は低下するため、夜遅い時間の重い食事は血糖変動を乱し、深部体温の下降を妨げて睡眠の質を悪化させます。
結果、翌朝の倦怠感の多くは、前夜の食事内容と時刻に大きく由来しています。

しかし、問題は食事だけではありません。それよりもさらに見過ごされている問題が、前述した夜の「光」です。

産業革命は、夜の在り方を根本から変えました。ガス灯や白熱電球の発明によって、人類は史上初めて太陽が沈んだ後の世界を自由に照らせるようになります。
そして特にこの五十年、その変化は世界中で過度なまでに明るくなり続けています。

衛星観測のデータによれば、2014年から2022年にかけて、世界の夜間照明はおよそ年2%ずつ増加し、9年間で合計16%も増えました。
しかも人工衛星は波長の短い青い光を捉えにくいため、人間の肉眼が感じる「夜空の明るさ」は、実際にはもっと強くなっています。
こうして人類は、たった一世代のあいだに、「自然な夜」を失ったのです。

人間の体には、視交叉上核(SCN)と呼ばれる、脳の奥にある体内時計の中枢があります。このマスタークロックは、目の網膜にあるメラノプシンという光受容体が捉える光、特に青色光によって、毎日リセットされています。
本来であれば、日が昇り光を浴びると体内時計が「朝」と認識し、コルチゾールが上昇して目覚めを促します。
一方、夜になって光が消えるとメラトニンが分泌され、深部体温が下がり、自然な眠りへと導かれます。この精緻なリズムは、太陽の周期に同調するよう、数百万年をかけて人類に刻み込まれました。

ところが、この数十年で急増した夜間の人工光、とりわけスマートフォンやLED照明が放つ青色光は、メラトニン分泌を強力に抑制します。
脳は夜になっても「まだ昼だ」と誤認し続けると入眠が遅れ、深部体温の下降が鈍り、睡眠の質が下がります。
そして問題は一晩で終わりません。慢性的な概日リズムの撹乱は、インスリン抵抗性の増大、血圧の調整不全、炎症性サイトカインの上昇、そして長期的には2型糖尿病、心血管疾患、肥満、がん、うつ病といった慢性疾患のリスク上昇が、数多くの疫学研究で関連づけられています。

この五十年で慢性疾患が爆発的に増えた背景には、食生活や運動不足だけでなく、「夜を失ったこと」が深く関与しているのは明白です。
不思議なことに食品添加物を気にする方は、たいへん多くいらっしゃって、原材料表示を確認し、保存料や着色料を避け、できるだけ自然なものを口にしようとする素晴らしい習慣をお持ちです。
けれども、その同じ方が、寝室にスマートフォンを持ち込み、深夜までブルーライトを浴び、コンビニの煌々とした照明の下を歩いて帰宅する「街の添加物」にまったく無頓着なのは、実に不思議です。

夜の人工光は、いわば「社会と人間生活に添加された化学物質」のような存在です。
口から入る添加物には敏感でも、目から入り、体内時計を狂わせる「夜の人工光という添加物」には、ほとんどの人が無防備ですが、生理学的に見れば、慢性的な夜間光曝露は、食品添加物よりもはるかに広範に、かつ確実に、現代人の代謝と精神に影響を及ぼしています。

夜を明るくする技術は、確かに人類の偉大な達成でした。しかし、人類はその光と引き換えに、体内に刻まれた太陽のリズムを手放しつつあります。
食品ラベルを読むのと同じ慎重さで、いま、自分が浴びる光のラベルを読むべき時代に来ているのではないか、と考える今週です。

東京の夜は、今夜も眠りません。

(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.779』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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