アメリカの都市が二〇二〇年代に受け取ったすべての衝撃をもっとも純度高く凝縮した実験室

2026/08/03 08時30分公開
高城未来研究所【Future Report】Vol.789(2026年7月31日)近況
今週は、ポートランドにいます。

アシュランドからI-5を北へ、陸路でおよそ四時間半。鹿の歩く小さな山あいの町から、オレゴン最大の都市へと移動しました。

かつて、この街は憧れの対象でした。全米で「もっとも住みたい街」「もっとも歩きやすい街」「もっとも自転車に優しい街」など、その種のランキングの常連であり、多くの人にとってポートランドは、アメリカのもうひとつの生き方を体現する場所でした。

その魅力は、なによりまず、街そのものの設計にありました。ポートランドは一九七〇年代、全米に先駆けて「都市成長境界線」を引いた街です。無秩序に郊外へ広がっていくのではなく、中心をコンパクトに保つ。街区は小さく、一辺わずか六十メートルほど。角を曲がるたびに景色が変わり、歩くこと自体が退屈しない。路面電車とライトレールが縦横に走り、車がなくても暮らせる。駐車場だったスペースが公園に変わり、ダウンタウンの真ん中を清流のようにウィラメット川が流れる。都市計画を学ぶ者にとって、ポートランドは長らく「楽しく歩ける街」の世界的な教科書でした。

そしてその骨格の上に、独特の文化が息づいていました。街区ごとにインディペンデントなコーヒーロースターがあり、サードウェーブコーヒーの震源地のひとつとなりました。全米最大級の独立系書店パウエルズ・ブックスが一街区まるごとを占め、本好きの巡礼地となり、ファーマーズマーケットには近郊の農家が並び、クラフトビールの醸造所は街に無数にあって「ビアバナ(ビールの都)」とまで呼ばれました。フードカートが路地を埋め、菜園付きの家に住み、DIYで生活を組み立て、大量消費とは違う価値観で日々を送る。
そんな、少し風変わりで、手づくりで、良い意味で肩の力が抜けた生き方が、この街には根づいていました。「Keep Portland Weird(ポートランドを変なままに)」という有名なスローガンは、その気風を一言で言い当てています。

このムードが世界的なアイコンになったのが、二〇一一年にはじまったテレビシリーズ『ポートランディア』でした。フレッド・アーミセンとキャリー・ブラウンスタインが演じたスケッチコメディは、「長年の夢で引退する場所、それがポートランド」「一九九〇年代の夢がここではまだ生きている」と、この街のライフスタイルを愛情とアイロニーを込めて戯画化しました。
地元のレストランで鶏の生い立ちを事細かに問いただす客、フェミニスト書店の店員、何にでもこだわりを持つ人々。番組は世界中でヒットし、皮肉なことに、その「変さ」に憧れて本物のポートランドへ移り住む若者を全米から呼び寄せ、二〇一〇年代前半、この街は文化的なピークにありました。若く、クリエイティブで、少しだけ現実からドロップアウトした人々が集まる、スローライフとカウンターカルチャーの首都。それがポートランドだったのです。

その文化都市が、現在ガラガラです。

体感で、パンデミック前の四分の一。あれほど洗練され、あれほど憧れられたポートランドの中心部が、平日の昼間だというのに、人の気配を欠いています。歩道は広く、街路樹は美しく、街のつくりそのものは何ひとつ壊れていない。壊れていないからこそ、人がいないことの異様さが余計際立ちます。

数字を追うと、これは印象の問題ではないことがわかります。まず、オフィスです。ダウンタウン中心部のオフィス空室率は、およそ三六%。パンデミック直前の二〇一九年末には一〇%台前半でした。現在、パンデミックのまっただなかの二〇二〇年より低く、ピークだった二〇一四年の三分の一以下まで落ち込んでいます。オフィスワーカーの出社率は二〇一九年比で五六%。全米平均が七三%であることを思えば、この街だけが取り残されているのがわかります。

そして雇用です。不名誉なことにポートランド都市圏の雇用増加率は、全米主要都市圏のなかでワースト四位です。アメリカ経済全体が拡大するなかで、紛れもなくこの街は縮んでいる。かつて全米三位(二〇一七年)だった不動産市場としての魅力度ランキングは、いまや八〇位まで転落しました。
オレゴン州の小売業雇用は二〇一九年比で約六%減。全米平均の減少幅が一・三%であることを考えると、四倍を超える落ち込みが見られます。小売大手の「ターゲット」が複数店舗を閉め、この街の誇りだったアウトドアショップの「REI」がパール地区の店舗を「度重なる侵入被害」を理由に撤退し、今年一月にはダウンタウンのノードストローム・ラックが看板を下ろしました。
近隣の本店はまだ営業していますが、実はこの本店の営業継続には市長による表立った支援もありました。ただ日々閑古鳥が続き、閉店まで遠くないと考えられています。

なぜ、こうなったのか。原因は、ひとつではありません。

ひとつめは、リモート・ハイブリッドワークの定着。これはもう「回復を待つ問題」ではなく、社会構造そのものが変わったのだと、地元の経済レポートも認めています。仮に全員が二〇一九年並みに出社したとしても、ダウンタウンの人出はかつての半分程度にしか戻らないという試算すらあり、働き方が変わったのではなく、都市の意味が変わったのです。

ふたつめは、二〇二〇年のジョージ・フロイド事件以降、百夜を超えて続いた抗議と衝突です。リベラルの象徴都市だったのが裏目に出て、全米のどの都市よりも長く、激しく、この街は燃えました。店舗はベニヤ板で覆われ、そのベニヤ板が「一時的な措置」から「風景」へと変わっていった。街の記憶に刻まれた傷は、統計に表れるより深く残ります。事実、いまも街で「Black Lives Matter」の看板を頻繁に見かけます。

みっつめは、フェンタニルです。二〇二〇年十一月、オレゴン州は住民投票で五八%の賛成を得て、少量の薬物所持を非犯罪化する法案「メジャー110」を可決しました。処罰ではなく治療へ、という理念です。しかし実際に起きたのは、ヘロインからフェンタニルへの、全米でもっとも急速な市場の転換でした。一ドルの錠剤が街に溢れ、過剰摂取死は跳ね上がり、開放型の薬物市場がダウンタウンの一角に定着しました。二〇二四年、州議会はこの実験を撤回し、再犯罪化に舵を切っています。

よっつめが、インフレと住宅コストです。人口流入で成長してきた街が、その前提を失いました。転出は落ち着いたものの、自然増がほぼ止まり、人口の伸びが移民に依存する構造になっています。
住宅供給は急減速し、価格はなお手の届かない水準にあります。若く、クリエイティブで、少し風変わりな人々が、安く楽しく暮らせるからこの街に集まってきた。かつて『ポートランディア』が笑いのタネにした「自分の夢で引退できる街」を成立させていた最大の条件が、消えたのです。

そして、これらが互いを増幅させています。オフィスが空く→昼間人口が減る→飲食と小売の客足が落ちる→店が閉まる→街が寂れて見える→人が来なくなる→さらにオフィスが空く。都市経済学者が「アーバン・ドゥーム・ループ」と呼ぶ悪循環に陥ってしまっています。

ポートランドは、アメリカの都市が二〇二〇年代に受け取ったすべての衝撃を、もっとも純度高く凝縮した実験室です。リモートワーク、社会的分断、合成麻薬、インフレ、そして進歩的理念の実装失敗。どれもこの街に固有の問題ではありません。ただ、この街ではそれらが同時に、しかも増幅し合いながら起きただけです。だからこそ、ここで起きていることは、五年後の東京や大阪、あるいはロンドンやシドニーの中心部が直面する問題の、先行上映になっている可能性があります。

歩ける街をつくることに、この街は半世紀を費やしました。むやみに拡張しない都市成長境界線を引き、路面電車を通し、駐車場を公園に変えた理想的なコンパクトシティ。その努力はいまも街の骨格として、完璧なまでに残っています。にもかかわらず、歩く人がいない。ハードウェアは残り、ソフトウェアだけが抜け落ちた街。都市とは建物ではなく、そこを歩く人々の習慣の集合体なのだと、これほど明確に教えてくれる場所を、僕は他に知りません。

夕暮れのウィラメット川沿いを眺めながら、この街がもう一度、賑わいを取り戻す日が来るのだろうかと考えます。おそらく、かつてと同じ形では戻らない。けれど、都市というものは、いつも予想外の形で再生してきました。人が消えた場所に、まったく別の何かが芽吹く。その最初の兆しを見逃さないために、僕はまた、この街に戻ってくることになるのだろうな、と思う今週です。

それにしても、活気がありません。
街が顔を変えるのは一瞬です。

(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.789』の冒頭部分です)


高城未来研究所「Future Report
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
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