世界のスペシャルティコーヒーシーンで存在感を増す少数民族や先住民族の生産者
2026/02/16 08時35分公開
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高城未来研究所【Future Report】Vol.765(2026年2月13日)近況
今週は、台湾の阿里山にいます。
年間を通じて雲霧が立ち込めるこの山岳地帯は、長らく「阿里山高山烏龍茶」の産地として世界中の茶愛好家に知られてきました。
霧林帯と呼ばれる独特の気候が生み出す、甘く繊細な烏龍茶の香りは、台湾が世界に誇る農産物のひとつです。
ところが近年、この阿里山で劇的な変化が起きています。茶畑の一部が、コーヒー農園に姿を変えつつあるのです。
その背景には、気候変動の影響があります。台湾の研究者たちが指摘しているのは、地球温暖化によって雲霧が上方へ移動しつつあり、農作物に多大な影響を与えていると発表しています。
阿里山の高山茶は、この雲霧帯の恩恵を受けて育つ作物で、霧がかかることで直射日光が遮られ、茶葉に独特の甘みと旨味を生み出していました。
しかし温暖化に伴い、かつて頻繁にかかっていた標高帯で霧の発生が減少し、茶葉の品質や収穫量に深刻な影響が出はじめているのです。
ある茶農家は「以前は年に五季採れた茶が、近年は生育状況が不安定で、収穫量が半減する年もある」と語ります。
風味そのものも変わりつつあり、かつての阿里山高山茶とは異なる味わいになってきたという声も少なくありません。
さらに、茶摘みの労働力不足や後継者問題も重なり、阿里山の茶産業は構造的な転換期を迎えています。
そこに現れた新たな選択肢が、コーヒー栽培でした。台湾におけるコーヒー栽培の歴史は意外に古く、1885年頃に清朝時代のイギリス商人によってもたらされ、その後の日本統治時代には台湾総督府の農業政策の一環として本格的な商業栽培が行われていました。
1930年代には木村コーヒー店(現キーコーヒー)が台湾に農場を開き、大量生産を行った記録が残っていますが、戦後の大動乱期に、台湾のコーヒー栽培はほぼ途絶えてしまいます。
それが2000年代以降、スペシャルティコーヒーの世界的なブームと、阿里山のあたらしい気候がコーヒー栽培に適しているという再発見が重なり、茶農家がコーヒーに転作・兼作するケースが急増。
阿里山の高山茶で培った「高地」「霧」「寒暖差」というブランドイメージが、そのままスペシャルティコーヒーの付加価値として転用できるという点も、農家たちの背中を押しました。
現在、台湾国立大学の研究では、大阿里山区のコーヒー農の約半数が茶農からの転作もしくは兼作であることが報告されています。
製茶で鍛えた精密な発酵管理の技術がコーヒーの精製工程にも応用され、それが台湾コーヒー独自の品質の高さに繋がっているのです。
この阿里山コーヒーの躍進を語る上で、絶対に外せない人物がいます。鄒築園珈琲(Zou Coffee)のオーナー、方政倫です。
彼は台湾原住民族のひとつ、阿里山郷の鄒族(ツォウ族)の出身で、コーヒー業界では「阿里山の珈琲王子(コーヒープリンス)」の愛称で知られ、SCAA(アメリカスペシャルティコーヒー協会)認定のカップ審査員の資格を持つ、正真正銘のコーヒーの専門家です。
方のコーヒー人生は、日本帝国陸軍が残した一本のコーヒーの木を再発見することから始まりました。かつて台湾を植民地にしていた日本は、台湾でコーヒーを栽培する計画を立てていました。
苗木を持ち込んでは実験を繰り返し、その実験場が阿里山だったのです。そして台湾総督府が解散し日本帝国陸軍が台湾を去ったあと、コーヒーの木は置き去りにされながらも生き延びてきました。
そして、台北でうまくいかず、実家に戻った方が、偶然手にしたコーヒーの魅力に取り憑かれ、2000年からコーヒー栽培に本格的に取り組むようになります。
彼は今までうまくいかなかった人生を、悔しさをバネにコーヒーを通じて起死回生を図ります。そして転機は2007年に訪れました。台湾で初めて開催されたコーヒー豆コンテストで、鄒築園が見事に優勝したのです。
この勝利が阿里山コーヒーの名を一気に全国へ、そして世界へと広めるきっかけになりました。
以来、鄒築園は十大神農獎(台湾の農産最高賞)を2017年に受賞し、アジアのコンペティションでも優勝を重ねるなど、輝かしい実績を積み上げてきました。
注目すべきは、Cup of Excellence台湾大会のトップ20に5人もの鄒族の生産者が複数ランクインしていることです。これは偶然ではありません。
近年、方政倫は、かつて地元を離れた同郷の若者たちに帰郷を促すため、彼らにコーヒー栽培の技術を惜しみなく指導しています。方の戦略は、鄒築園だけが勝つことではなく、阿里山全体を世界的なコーヒー産地として育て上げることにありました。周辺のコーヒー農家を「衛星莊園(サテライトファーム)」として連携し、鄒築園の設備や経験を共有しながらも、それぞれの農園名をきちんと表記する対等な関係を築き、見事に地域振興を行っています。
方は「コーヒーは阿里山にとってチャンスです。スペシャルティコーヒー産業への参入だけでなく、鄒族の人々が自分たちの価値を見出せる手段なのです。
一粒のコーヒー豆から、誰かの手に頼らず自分たちの力で立ちあがり、村全体の誇りとなります」と話します。
そんな中、彼はいままでにない新しいコーヒーの品種を発見。ツォウ族の言葉で「最も良い」「一番」を意味するSo’ngna(ソンナ/索恩娜)と名付けました。ゲイシャの亜種と言われる「ソンナ」種の特徴は、ゲイシャの華やかさや優雅さを引き継ぎつつ、阿里山ならではの果実風味を発揮し、現在、台湾独自の新品種として注目されています。
かつて日本帝国陸軍が残したコーヒーの木。それをもとに阿里山の鄒族の青年が始めた挑戦は、いまや台湾を代表するスペシャルティコーヒー産地として名を馳せ、鄒族の若者たちの帰郷と自立を促す原動力になるまでに成長しました。
こうした物語は、実は阿里山だけのものではありません。世界のスペシャルティコーヒーシーンを見渡すと、少数民族や先住民族が生産の主役として存在感を増していることに気づきます。
タイ北部チェンライの山奥では、少数民族アカ族が完全無農薬・森林農法で栽培するAkha Ama Coffee(アカアマコーヒー)が、チェンマイを拠点に東京・神楽坂にまで店舗を構えるブランドに成長しました。
「AKHA」はアカ族、「AMA」は現地語で「お母さん」を意味し、村のお母さんたちが丹精込めて育てたオーガニックコーヒーとして、サステナブルな消費を求める世界中の人々から支持されています。
中米グアテマラでは、古代マヤ文明の末裔であるカクチケル族をはじめとするマヤ系先住民たちが、火山地帯の高地で小規模ながら極めて高品質なコーヒーを生産し、スペシャルティ市場で高い評価を得ています。
一般的に高品質なコーヒーが育つ場所とは、標高が高く、霧が深く、急峻な地形に抱かれた辺境です。それはまさに、都市化や近代化の波から取り残されてきた少数民族の居住地そのものです。
彼らが何世代にもわたって守り継いできた土地と、その風土に根ざした農法が、いまスペシャルティコーヒーという文脈の中で、かつてない価値を帯びはじめているのです。
台湾の鄒族、タイのアカ族、グアテマラのマヤ系諸民族。グローバル経済の周縁にいた人々が、一粒のコーヒー豆を通じて世界の中心舞台に立ちつつある。
この潮流は、2020年代のコーヒーカルチャーにおける最も美しく、最も重要な変化のひとつになるのだろうな、と考える今週です。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.765』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
高城未来研究所「Future Report」編集部