二十一世紀の本当の贅沢とは
2026/08/31 08時30分公開 / 2026/08/28 14時10分更新
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高城未来研究所【Future Report】Vol.793(2026年8月28日)近況
今週は、バルセロナにいます。
今年のヨーロッパの夏は、ずいぶん厳しいものになりました。5月から早くも熱波が始まり、6月にはフランス、ドイツ、イタリア、スペインの内陸部で、観測史上もっとも暑い夏を記録しました。昼間に街を歩く人影が消え、レストランのテラスが夕方まで空き、農作業や建設作業を早朝と夜へ移す地域も急増。この夏のドイツとフランスの超過死亡は、いままでに2万人を超えています。
現在、多くの人は気候を「天気予報」や「服選びの参考」程度に考えているのでしょうが、実際には気候ほど人間の心身へ深く入り込んでいる外部要因はありません。人間は恒温動物ですので、外気温が変わっても体温を一定に保てます。
しかし、それは気候に対応できる身体性を持っているという意味ではなく、自律神経、心臓、血管、腎臓、発汗、睡眠を総動員して、身体が外界との帳尻を合わせ続け、その分、心身に負担がかかっているということを忘れてはなりません。
暑さと高い湿度は、身体に課される見えないステルス税金のようなもので、皮膚から熱を逃がすために血管を広げ、心臓はより多くの血液を送り、汗とともに水分や電解質を失う。
本人は座っているだけでも、身体の内側では小さな非常事態が続いています。その結果、集中力が落ち、判断が粗くなり、些細なことで苛立ちやすくなる。
名作映画「Do the Right Thing」で描かれたように、暑い日に人間が短気になるのは、性格が急に変わったからではなく、脳へ回せる余力を体温調節に奪われている面があるからです。
特に大きいのが、夜の気温です。人間は眠りに入る際、手足から熱を逃がして深部体温を下げます。ところが、夜になっても空気が冷えなければ、この自然な放熱がうまく進みません。
眠りが浅くなり、途中で目が覚め、翌朝になっても交感神経のスイッチが切れない。猛暑の本当の負担は、昼間の40度よりも、身体が一度も休めない熱帯夜の連続にあります。
睡眠が崩れると、心も簡単に崩れます。疲労感が増し、物事を悲観的に捉えやすくなり、他人の言葉を必要以上に攻撃的だと感じる。暑さと精神状態の関係は、単なる気分の問題ではありません。
心は脳にあり、脳は身体の一部であり、身体は気温のなかに置かれています。環境と感情を切り離して考える方が、むしろ不自然なのです。
反対に、夏の終わりのバルセロナのように、朝夕の気温が少し下がるだけで、身体は驚くほど軽くなります。呼吸が深くなり、歩く距離が伸び、考えがまとまりやすくなる。
人間は快適な気候になると幸福になるというより、体温を守るために使っていたエネルギーを、思考、会話、好奇心へ戻せるようになります。心地よさとは、何かが加わった状態ではなく、身体から余計な負担が引かれた状態なのだと実感するところです。
歴史を振り返れば、およそ100年前に起きた米国人の大移動「ダストボウル」を想起します。
世界恐慌は、1929年の株式市場暴落から始まりました。そこへ気候変動が襲いかかり、深刻な干ばつと土壌侵食が重なって、約350万人が移住を余儀なくされました。
原因は、土壌の地力を無視した過剰な耕作。特にオクラホマなどから海辺と山間部があるカリフォルニアへの大移動(「オーキー」)は、アメリカ史上最大規模の国内移住となりました。
ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』は、貧困を描いた経済小説であると同時に、気候移住を描いた小説でもありました。金融危機と既存社会へ気候ショックが二重に加わり、多くの人たちが人生をリセットするため、移住せざるをえなかったのです。
もうじき世界恐慌から100年経ちます。二十一世紀の本当の贅沢とは、豪華絢爛な高層建築やインテリアはなく、いまも昔も窓を開けたまま朝まで眠れる夜なのかもしれません。
それは江戸〜東京の発展でもわかるように、地形に逆らわない都市計画なのだろうと思う今週です。
9月も近づき、朝夕はようやく心地よい気候になってきました。日没が少しずつ早まり、朝の光がやさしくなって、海から吹く風にわずかな冷たさが混じる。
夏の観光客で膨れ上がっていたバルセロナも、ほんの少しだけ呼吸を取り戻し始めています。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.793』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
高城未来研究所「Future Report」編集部