リスク管理の本質を考える
2026/10/05 08時30分公開
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高城未来研究所【Future Report】Vol.798(2026年10月2日)近況
今週は、ヘルシンキにいます。
先週までいたフォルメンテーラは、まだまだ夏で、島の北端の砂州では人々が水着のまま昼食をとり、日が落ちても半袖で歩ける気候でした。そこから飛行機を乗り継いで北緯60度に降り立つと、朝の気温は一桁と、バルト海から吹く風が身に沁みます。街中の白樺はすでに黄色く、エスプラナーディの菩提樹は葉を落とし始めています。
気候中毒者を自称する僕にとって、この落差も旅の醍醐味のひとつなのですが、身体は正直です。到着した翌朝はいつもより早く目が覚め、寒さで末梢の血管が締まり、血圧と心拍がわずかに上がり、身体は熱をつくるための燃料を欲しがります。この傾向は北へ移動するたびに起きる症状で、僕はこれを「冬支度のスイッチ」と呼んでいます。
ただ、気温よりも効いてくるのは光です。9月末のヘルシンキの日照時間は11時間半ほどで、数字だけならフォルメンテーラと大差ありません。違うのは太陽の高さと、減り方です。正午の太陽は地平線から26度ほどしか上がらず、日は毎日5分ずつ短くなり、12月には6時間を切ります。太陽がこの高さまで下がると、皮膚は紫外線からビタミンDをほとんどつくれなくなってしまいます。
フィンランドで牛乳やマーガリンに国の方針としてビタミンDが添加されているのは、この環境でも生き抜くためです。光が減ると体内時計の朝が遅れ、眠りは長くなり、気分は内向きになってしまう。だからこの国では、人口550万人に対して300万ものサウナで身体を熱し、凍った海に穴を開けて飛び込み、朝は光療法のランプの前でコーヒーを飲む習慣が定着しているのです。
毎年のように世界一幸福な国と呼ばれる人々が、世界でもっとも暗い冬を生きているというのは、僕には偶然に思えません。幸福とは環境の良さではなく、環境への備えの良さなのだと、この街にいると考えさせられるところです。
さて、僕がこの街で考えている「備え」は、気候だけではありません。現在、この国では、国民の7割が「ロシアの侵攻はあり得る」と考えています。
面白いことに、先週、この国の大統領はニューヨークでまったく逆の発言をしました。国連総会に出席したストゥブ大統領は、ロシアが近くNATOを攻撃するという欧州の一部の情報機関の警告を「過剰反応」と呼び、欧州の指導者たちに冷静さを求めました。
ロシアと1340キロの国境を接する国の最高司令官として自分はすべての情報を見ているが、「活動はあっても差し迫った軍事的脅威の証拠はない」と断言しました。
同じく国連で、ゼレンスキー大統領が、ロシアやベラルーシと国境を接する国々へのドローン、ミサイル、地上作戦のリスクは非常に高いと警告。大統領は「落ち着け」と言い、国民の7割は「ロシアが攻めて来る」と考えていますが、どうやらこの温度差を、フィンランド人は矛盾だとは感じていないようです。
なぜなら、この国の備えは予報に依存していない常態だからです。全国の民間防空壕は440万人以上を収容でき、これは人口の8割近くを収納可能です。
各家庭には72時間は自力で持ちこたえよという公式の指針があり、徴兵制は一度も廃止されず、有事には数日で28万人を動員し、予備役は90万人。国境は2023年の暮れから閉じたままで、200キロの柵が建ち、国境沿いに防衛インフラの増強が進んでいます。
先々週9月18日には、発注した64機のF-35Aのうち最初の2機がラップランドのロヴァニエミに到着しました。今年6月の調査では、7割のフィンランド人が自国は何らかの核の傘の下にあるべきだと答え、同時に半数以上が、NATOに加盟しても本当の危機のときに他国が助けに来る保証はないと考えていることがわかっています。
つまり、火急な時に同盟は意味をなさないとみている。それでも加盟を支持する人は6割を超え、攻撃されたら結果がどうであれ武器を取って戦うべきだと答える人は8割前後で推移しています。誰もが自宅から一番近い防空壕の場所は知っていて、同盟を信じ切らず、自分の足で立つ準備を日々続けているのです。
街を歩くと、誰もが季節の変化だけでなく、何かに身構えているように見えてなりません。その理由は、脅威がすでに始まっているからだと考えます。ストゥブ大統領自身が言うように、ロシアがこの国に仕掛けているのはウクライナのような砲火の戦争ではなく、サイバー攻撃、破壊工作、バルト海の海底ケーブルの損傷といったハイブリッドの圧力です。
先週ニューヨークでは、ストゥブ大統領が国連安保理でロシアの攻勢を「過剰反応」と呼んだ数時間後に、フィンランドとウクライナは大型のドローン協定を結びました。ウクライナの前線で試された最先端ドローン技術が、いよいよフィンランドにも導入されます。
歴史を思い起こせば、1939年の冬、ソ連はこの国に攻め込みました。フィンランドは独立を守りましたが、国土の1割近くを失い、戦後は75年にわたって中立を選び、大国の顔色をうかがう小国の姿は「フィンランド化」という侮蔑的な言葉になって世界に広まりました。
その国が2022年の侵攻から3カ月で加盟を申請し、翌年にはNATOの一員になりました。この街の人々は、天気予報で服や持ち物を替えるのではなく、気温が下がったと感じたら、誰もが服を素早く替える。そして戦時下の対応も、同じ手順で素早く替える準備が常に整っているのです。
「ロシアの侵攻がある」と考える人が7割というフィンランドの数字は、恐怖ではなく、まるで天気予報のように淡々と語られます。備えとは、脅威が来ると闇雲に信じることではなく、季節が変わったら素早く服を変えられる準備と同義であり、それがリスク管理の本質なのだろうな、と考える今週です。
ヘルシンキは、日中でも10度強しかありませんが、いまだ半袖の人を見かけます。
(これはメルマガ『高城未来研究所「Future Report」Vol.798』の冒頭部分です)
高城未来研究所「Future Report」
高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。
高城剛 プロフィール
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。
高城未来研究所「Future Report」編集部