生活保護世帯の自閉症一家と防音室と、あっさり出ていかれた私の話
2026/03/05 23時55分公開 / 2026/03/05 23時27分更新
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【人間迷路 Vol.504より】
少し前のことですが、私が持つ低所得者層向けの住宅で騒音トラブルが起きました。まあぶっちゃけ住民の半分以上は生活保護の皆さんで、カネ(お家賃)を出してくれるのはお前らではなく自治体なんですけど、たまに物件管理で顔を出すとみんな普通に暮らしてるので「まあいいか」と思うわけであります。こういう物件に大家として深入りするとろくなことがないのはよく存じているので、昔から顔なじみの地元の管理会社さんが間に入って対応してくれています。ありがたいことです。高いけど。値下げしろ。なもんで、最初は「まあ頑張ってね」と高みの見物を決め込んでいたんです。
ところが、室外機が壊されるとか漏電で揉めるとか、さすがに抜き差しならない話が来て、どうも上の階で契約している自閉症の子どもたちが大騒ぎをしてクレームになっているらしい。管理会社さんではどうにもならないという状況になってくると、これはもう経験豊富な海千山千オーナーとして顔を出さないわけにもいかなくなりました。
ちょうど中央線に乗って西荻窪で酒でも引っ掛けて帰るかというところで管理会社さんから架電があり、夕暮れ時に物件を見に行きました。どれどれ。現場に着いて、まだ落ち着かない様子の三階の店子さんファミリーを見た瞬間… まあ何と言いますか「あ、小学二年生の息子さんも年長の娘さんも、なかなかしっかりした自閉症の子だな」とすぐに分かりました。あまりにも大騒ぎだったようで、市役所の方や児童養護施設の方も事実確認の「立ち合い」にいらしていたんですが、遠巻きにしていてあまり関わろうとしない。まあ、そうなりますよね、という感じです。
実は私自身、子どものころに失読症気味で文字がしばらく読めず、周囲がずっとキーキーと鳴っているような感覚が続いて、自分の頭の中を整理できるようになるまでずいぶん時間がかかった人間です。なんというか、同じ種族の人間だからというわけではないですけど、なんとなくこの子たちの置かれている状況や気持ちが分かる気がします。気のせいかもしれないけど。自分なりに対処できるようになってから楽にはなりましたが、ごくまれに、いまでも洗濯機の音や屋外の工事が聴こえてくると発狂しそうになることがあります。
私もそういう経験があるからといって、いますぐ何か特別なことをしようと思ったわけでもなかったんですが、缶コーヒー片手に40分ぐらい立ち話するなかで見えてきた、ご家庭の事情も見えてきました。案の定、お母さんが不眠になったり、ご夫婦の不和につながっているという話を聞いて、少し考えました。私も昔は粗暴だったので、イライラを募らせた結果、家庭で大暴れをする私にお袋が困り果て、嘆いた末に私を部屋に置き去りにして家出をしてしまった甘酸っぱい記憶がよみがえるのです。
もちろん、いろいろ物件を管理させていただいておりますと他の入居者さんでもお子さんの騒音で問題になるケースがあったことも頻発しておりました。話の半分ぐらいは普通の生活騒音で、足音だったりテレビの音量だったりするんですが、問題となるお子さんで軽いか重いかは別として何か精神的なものであることも多くあります。物は試しと思い、補助金も一部活用しながら、物件で空いてた隣部屋を80万円ほどかけてささっと改装し、ちゃんとした防音室を作ることにしました。階下への騒音対策という実務的な目的もあったんですが、それ以上に気になったのが、最近イヤーマフで感覚過敏を和らげることで自閉傾向が大きく改善する子が増えているという話です。静かな環境が、そのままお子さんの状態に直結するかもしれない、という期待もありました。
顔見知りの工務店さんに頼んだところ、奥さんがエレクトーンの先生で防音の知識があるとのことで、そのままお願いしました。ありがとうヤマハ。すると数ヶ月後、大暴れそのものがなくなったとか騒音が減ったとかいう話だけでなく、お母さんからアップテンポ気味に「自閉傾向が治ってきた」と言われ、普通に小学校へ通い始めたというんです。凄いお礼を言われて、それはそれで本当に良かったと思いました。なんか人生上手くいった感じなんでしょうか。
良い雰囲気で上手くいってちょっとホルホルしていたんですが、先週、下の娘さんの受験が無事うまくいったとかで「お部屋を解約して退去します、さようなら」というSMSが届きました。何それ。上手くいったのは喜ばしい。喜ばしいんですが、80万円使ったワイは涙目です。いや、別に損したとかそういう話でもねえけど。
それを哀れに思ってくれたのか(たぶん思ってくれた)、不動産管理会社のおっさんが、今度も感覚過敏の自閉症のご子息で悩んでいるというご家庭を、空いてしまった防音のあるお部屋に入れてくれました。よくそんなご家庭を都合よく見つけてきたな。そして今日、設備更新で新しい工務店さんが内見に来るというので立ち会っていたら、ちょうど新しい自閉症一家の皆さんが揃って買い物に出るところに遭遇しまして。挨拶したら、どうも防音部屋のお陰で覿面に症状が楽になったらしい… それはそれとしても、なんだよ、めちゃくちゃ元気じゃないですか。
カネの面ではすっげー損してますが、まあ、いいか。
そんなわけで、いま滞っている楽待さんの連載、昔いた店子さんたちの了承も得られたので少し記事を書いて再開したいと思います。あんまり面白いのは仕上がらなさそうだけど。
楽待 不動産新聞 山本一郎
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「人間迷路 Vol.504 大家稼業もいろいろあるよという話をしつつ、自民のインテリジェンス機能強化提言案や自動運転トラック実証実験に思うことを語る回」(2026年3月5日発行)序文より
山本一郎メルマガ『人間迷路』
ネット業界とゲーム業界の投資界隈では知らぬ者のない独特のポジションを築き、国内海外のコンテンツ制作環境に精通。日本のネット社会最強のウォッチャーの一人であり、また誰よりもプロ野球とシミュレーションゲームを愛する、「元・切込隊長」こと山本一郎による産業裏事情、時事解説メルマガの決定版!
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山本一郎(やまもといちろう)
1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、新潟大学法学部大学院博士後期課程在籍。社会調査を専門とし、東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所上席研究員・事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所研究主幹。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。
山本一郎メルマガ「人間迷路」編集部