
知らん爺さんから未来を託されまくるの巻
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主に新聞でしか見たことのない爺さんがたをいっぱい接待するという未曽有のイベントを経験しました。あ、報道で見たことのある人だ。割と接待の席などで知らない人と話を合わせて会話するのは得意なほうで、ましてやまだボケてないけど何らか事情があって現場から退いた爺さんは好物なほうです。ああ、夢破れたんだね、辛かったね。
で、まあ、爺さんたちの中に、たまに「あ、君知ってるよ」って方がいらっしゃいます。本来なら「名前だけでも覚えて帰ってください」と名刺を渡してたぶんゴミ箱に入るだけなんだろうなと思って然るべき立場の私ですが、相手がなんらか名前だけ覚えているというのはありがたいのですが、やっぱりれいわ新選組の人と間違われます。あるいは他の山本姓の議員の親戚と思われる。仕方ないけどね、目付衆みたいなもんだから。
ただ、大変ご無沙汰しておりますとなって、そこで「山本君、娘さん元気なの」と声を掛けてくださる爺さんたちがおります。複数。え、覚えてんのワイのような木っ端の人間の家族構成なんか。と思ったら楽待の記事読んだよとか割と幅広でネットの記事を読んでおられる。ええ…(困惑 「これはこの世界にありがちなリップサービスじゃないぞ」となる。
そして「期待しているよ」とか肩を叩かれるんですが、これは私に対する期待なのではなく、私の4人の子どもたち、次の世代にこの社会を引き継ぐ中間点としての私への声がけなのだろうと知る。まあ、52歳のおっさんである私に、爺さんが後伸びを期待して肥料水やりするとも思えんしそれは当然なのだが、この世界ではまだ若手の扱いでいると思うと「お前さあ。カネもあるんだからもっといい背広着ろよ」などと気さくに言われると「私はまだ、そんな立場じゃありませんから」「いや、みんな人は見てるぞ。卑下せんでいいよ」などと複数言われるのはどう受け止めたらよいのか分からないわけです。
言われてみれば、親父の代から考えると30年以上、一応はこの世界に触れて、そして生き残っているのって少ないのも事実なんですよね。自分なりに、分を弁えて、それでいてやりたいようにやらせていただいてきたことについては、深く感謝しつつも、さすがに手に余る話が最近多すぎる気はしますね。やってもやっても、仕事が終わらないし、仕切ろうにも仕切る先の問題もあったりで、まあなかなか大変なのです。そういうことも、全部やってきてこんにちのこの権勢、こういう爺さんたちが元気に集まれるという世界があるのかもしれませんが、水面下は水面下なりに大変なのであります。困ったもんだな。