性同一性について
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※筆者プロフィールはTwitterに。Twitterでは長文になりそうなお話を筆記中。
※話をわかりやすくするために、当記事ではバイナリーな男女二元論においての場合を取り上げます。Xジェンダーやノンバイナリー、フルイドはまた別の話になると思うので。
●「性同一性(性自認)なんて存在しない」「意識したことがないから」という人がいる。
これについて、診断治療済みGID(性同一性障害/現在の呼称は性別不合)の当事者として、個人的な見解を記してみる。
●これは思考実験だが、貴方がマジョリティのシスジェンダー(生まれの身体と性別に違和感のないタイプ)だとしたら、
「そのマインドのまま、反対の性別を名乗って反対の性別で半永久的に生活する」
ことを想像してほしい。
「え?なぜ?意味不明。だって自分は男(女)だし」
「無理、なんでそんなことを?」
「冗談でしょ?」
という、拒否的な反応にならないだろうか。
(稀にOKという人がいたらその人は潜在的にトランスジェンダー だったのかもしれない。また、例えば映画のようなDead or Alive状況で性別変更を迫られたら話は違ってくるかもしれないが。どんな設定だ…)
もし「なぜ無理なの?」と問われたら「だって体も男(女)だし」という結論に至るのでは。
おそらく、最初は感覚的・反射的に「無理」「だって自分は当たり前に男(女)だし」となり、最終的な根拠として身体的特徴や染色体などを挙げる。
という流れじゃないだろうか。
この「当たり前に」の部分は、おそらく感覚的なものだろう。
(最初に染色体や身体を言い出す人もおられるかもしれないが、日常生活を送る上で当然のように抱いている感覚は精神の領域だろうし、たとえ性徴的な臓器を失っても性別の感覚までは失われないでしょう。染色体型なんて調べた人の方が少ないはず。ちなみにGIDは治療にあたり検査があるので、僕は自分の染色体写真を持っている。XX型である)
●この「”今と反対の性別で生きることが感覚的に無理である”という反応が示すもの」、これこそが、その人がもつ「性同一性(性自認」を示しているのではないかと、個人的には思っている。
ここで「無理」という反応にならず、「余裕で反対側で生きられる」となれば、確かに「性同一性(性自認)なんてない」「性別なんて全員が流動的」という話になるかもしれない。
だが大抵の人は、何らかの性表現型で落ち着いて、普段の生活を行なっているはず(僕個人も固定的。流動性はない)。
「性同一性(性自認)なんてない」のではなく、シスジェンダーの人たちは、いわば性別認識に関しては「進行方向に自動ドアが開いてきた」ので「意識したことがない」「わざわざ考えたことがない」ということではないかと思う。
●僕の性別違和は保育園の年少時から。
生まれはfemaleだが
「女子?」「誰が?」「何それ」「意味不明」「女性で生きる?冗談でしょ。だって違うから」
という感覚があるのに身体が異なっていた(自分にあるはずものがない身体違和があった)、というのがシンプルな説明になる。
その後の女児で扱われたことも性教育も第二次性徴もカムアウトなしで就労してきたことも「よく死なずに概ね正気で今まで生き延びましたね」と言いたいくらいに絶望感はあった(今はあるところまで治療して諦観とともに楽しく生きています)。
●僕がなぜ物心ついた頃から違和感に気づいたかというと、自分が生活するにあたっての自然な選択が、ことごとく当時の性別分類的には反対の物事だったため、いちいち拒否や訂正にあい、ことあるごとに不快や嫌悪感を感じてきたからというのもある。(わかりやすくGID的というか、男児らしい子供だった)
つまり上記の「自動ドアが開かなかった」「置かれた進路が違っていた」状態と言えばいいか。
つまづいたので、すっと通れなかったので、悩み考えざるを得なかった(詳しい話は別で記載予定:幼少からの性別違和)。
●幼少からなので、当然、概念としての性別もジェンダーも男女格差もフェミニズムも全く知らない頃から身体的にも精神的にも「違う」感覚があった。
だから「社会的な男女格差による損得勘定でトランスを選択したのだろう」などと言われると、本当に的外れだと脱力してしまう。
(利得のために生きる道としてトランスを選択した人も居るかもしれないし、全く悪いことだとは思わない。選んだ先の生活が自他共に安泰であればいいわけで。ただ僕の場合は異なっていた)
●僕が伝えたいのはこれだけだったりする。
「その人になってみないとわからない感覚が絶対にある」
「他人が否定しようと、理解できなかろうと実存としてある」
(頭痛や腹痛、うつ病など、目に見えない疾患全般に言えることでもあるけれど。たとえ目に見える傷であっても、”痛み自体”はその人にしかわからない)
そういえば、幼少~小学生時「どうやれば自分の頭の中と感覚を人に伝えられるか、他人の頭に装着して自分の違和感を転送してもらえる機械はないものか」半ば本気で考えていたものでしたね(笑)