執務時間と後伸び

2025/11/27 18時52分公開 / 2025/11/27 18時53分更新

 結論から言うと、何か仕事で頭ひとつ出ようと思ったら、作業量と効率を考えていけばだいたいのことはやり切れるんです。

 コンサル先でも友人関係でもメルマガの人生相談でも、だいたいにおいて「詰まっていること」の悩みはここの頭ひとつ出ることができずに現状を突破できず、自分の期待ほどには自分の収入や地位や評価や権限が高まらないのでイライラしている、というのが現状じゃないかと思うんです。

 シンプルに言えば、若い人でイケてる人でもだいたい勤務時間はしっかり仕事をこなしたうえで、そこに何かを積み上げて取り組んでモノにしようとしています。ただ、社会人大学院とか何かの資格を取るとか、そういう誰かと常に比較され得るモノにカネを出し、そこで時間を使ったことで何かに取り組んだ、やった感を出してしまう。

 しかし、実際には私らが「あ、この人は使えるな」と思うのはそういうMBAを取ったとか誰と繋がってるとかではなくて、単純にオンラインゲームでも宴会幹事でも社会人の部活みたいなものでも「何かを目指し、音頭を取って人を取りまとめて成果を出せる人」です。別にボードゲーム会を主催していてもいいし、ゴルフはしないのにゴルフコンペ後の会合を仕切らせたら上手いとか、毎月10件ちかく都合合計500人ぐらいの小さなイベントを回しているなどでもいい。要は、本来の仕事の時間外でも、他人にアクセスして、何かに動員して、作り上げられる人が凄い、ということになります。

 先日、クライアントから「ユーザーコミュニティが荒れて、せっかくCGMやオウンドメディアに億単位のカネを突っ込んだのに3年持たなさそうだ」と相談がありました。SNSでも、オンラインコミュニティの寿命は3年説というのがあります。確かに、なんか興味のないことを仕事として取り組むとき、何かにモチベートできない人の集まりになると我の出し合いになって崩壊することは多々あります。

 町内会やマンションの管理組合ですら、月に何度も顔を合わせるわけでもないのに、同じ方向に志というか取り組みたいことが向かず、結果的に早々に瓦解して役付きだけが我慢してすべての仕事を掛け持ちして大変なことになっているか、伝統の地元の祭りはカネになるので副業として収益目的でやってくる人たちがほとんどです。

 他方、コミュニティというのはもっぱら淡々と取り組むものであって、個人的に、中学時代からやっていた草野球メンバーのコミュニティは代替わりしつつも25年続いてますし、オンラインサロンは11年め、某患者会は10年め、美化活動やゲームコミュニティなど3年以上続いている、手がけるソサエティは10件ぐらいあるでしょうか。崩壊しない仕組みは、シンプルに「後伸びしている使える人にだけ、権限を渡してマネージする」に尽きます。趣味で淡々と事務作業する人や、才能として仕組み作りをして他人に伝えられる人、フォロワーシップに長け方針が決まれば実務案を淡々と出し続けて実施できる人たちなど、コミットできる人の能力と性格の組み合わせにきちんと留意しつつ、グループを同じ方向に向けてあげさえすれば、そう簡単には破綻しない「利害関係が本来ないはずの人たちの集まり」でもコミュニティを維持でき、成果を出せるのです。

 企業でも地域でも政党でも「サポーターを作ってユーザーグループを構築すれば、本来有償であるはずのマーケティングやブラnド維持に安く流用できる」と思っている人たちも少なくありませんが、これは誤りです。むしろ、コミュニティこそ人間関係というか「絆」の集積であって、目的や人の集め方、適切な目標設定を誤ると、会合自体が開かれず崩壊してしまい、利益があるどころかブランドにダメージがいくことになってしまいます。

 他にも細やかに言えば「役に立たない人も必ず役職を与えて置いておく」とか「OB・OGを大事にする」とか「中での議論のマナーやしきたりは明文化しておく」とか「我欲をむき出しにして組織を揉ます人は理由をつけて早めに追い出す」とかさまざまあります。ただ、どういうことであれ、その組織やコミュニティに居られなかった人は、単にそこに溶け込めなかったり、合わない人がいたり、なんか別で忙しかったりするだけです。そういう人を悪者にして結束を高める外部性のような仕組みもありますが、そういうところは必ず新規会員さんや若い人たちの定着が困難で、しばらくは居心地が良くてもいずれコミュニティが衰退していきます。「成果を出し続ける」には、そういう参画する人が納得して関わり続けたいと思ってもらえるような仕組みと雰囲気、適切な責任分担と作業量の割り当てが必要で、まずはそれを目指すんならそのコミュニティに飛び込んでみようか、と思ってもらえるような、外に見えるアクティビティをどう設計するかが大事なんじゃないかと思います。

 旧2ちゃんねるの削除人が一定の期間上手く行ったのも、モチベーションと仕組み、仕事を中心となってやる人が明確であったからであって、情報の保全が大切なハッキングコミュニティの運営でも当時の経験はまあまあ生きています。いま引きこもりや不登校、地域支援の世界でも「サードプレイス」という家庭でも学校でもない第三の場所の大事さが力説されるようになってきましtが、私が見る限り、実際には大人の世界にこそ、自分の能力を役立てられるコミュニティが家庭と職場以外にも会ってよいと思いますし、40代ぐらいまでは趣味の世界で終えられても50代になってくると子育てや介護と仕事のプレッシャーを持つ人も身軽で人生の長さを持て余したおひとりさまも同じ方向を向いて何かできる仕組みが必要になってきているんじゃないか、と。

 もちろん、過去にはいっぱい失敗もしてきましたし、そのたびに、嫌な思いをして離れていった方も少なくないかと思うんですが、反省こそすれ後悔せず新たに次々といろんな機能を生み出せるコミュニティを作り続けていきたいなあとは感じます。


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 1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、新潟大学法学部大学院博士後期課程在籍。社会調査を専門とし、東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所上席研究員・事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所研究主幹。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。

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