2ちゃんねるは崩壊したが、津田大介の『動員の革命』は実現した

2026/03/06 21時57分公開
 去年暮れに揉めていて、何かあるのかなと思ったらついに「2ちゃんねるのドメイン停止」でいったん幕引き、おそらく後継の匿名掲示板を似たURLで再開するだろうけどそれもそう長くなく閉鎖に追い込まれることでしょう。なんというか、アングラの匿名掲示板というものの最後がこういう時代の流れで死を迎えるというのは時代だなと思うわけです。

 細やかな話はnoteにも書きました。びっくりするほどアクセスが来ているようですが、有料記事で大事な部分を書いておいたのにこれもまたびっくりするほど売れていません(当社比)。それらも含めて、嫌儲板常駐ということも考えると「2ちゃんねらーらしいな」と思うわけであります。

5ch.net(旧2ちゃんねる)が歴史的使命を終え、強制閉鎖に追い込まれる
https://note.com/kirik/n/na7b4cefa1e39

 んでまあアメリカ人が何をそんなに怒ってるのかって話になるんですが、まあなんつーの、彼らなりの民主主義というかネットかくあるべしというのがリアリズムと教条主義とで葛藤が起きて、過激なものから徐々に整理していくかっていう感じになってきたのはまあ間違いないと思うんです。今回の件も、振り返れば第一次トランプ政権末期に4chanというか/pol/がQanonの牙城になって、首謀者が日本に逃げてきて湯島に潜伏してたとかいう日米インテリジェンス史における大爆笑事例からずっと匿名掲示板と身元の分からない発信に対する抗争の歴史だったわけであります。

 正直私などはどっちでもいいんですが、ただ、いわゆる表現規制については反対の立場であると同時に、好ましくない表現を締め付ける方法としてのインフラの仕組みの利用もよろしくないとは思っています。つまり、インフラ事業者としてのVISAとかが三井住友カード脅かしてメロンブックスやDLsiteの決済を止めよるとか民主主義的な手続きを踏まない制裁に他ならないわけで、これらをどうするかを決めるのは圧倒的に日本人、日本社会と政治・司法によってであるべきで、それが民主主義なんだから勝手に止めんなよと

 そして今回の件も匿名で発言する権利というのが隅に追いやられ、とはいえ動物虐待やら児童ポルノやらが普通にバンバン流通する拠点となり、削除要請があっても応じない現行5ch運営はけしからんということでスーパー圧力がレジストラにかかり、結果、あの無法地帯の守護神みたいなEpikですら無事陥落という流れであります。まあ漫画村もそうでしたが海賊版や児童ポルノのように違法コンテンツの所在を好事家同士が流し合う仕組みそのものがリーチサイトの扱いになり、司法も「なんかこいつらヤバいからアウト」って判断を下しがちなところ、振り返ると2017年ぐらいからずーっとごちゃごちゃやっていたわけです。で、たぶん次はエロ広告もやられるんでしょうが、これらの行き着く先は完全なアングラ化というか、非ネット化の方向に行くでしょうし、日本国内ではAV新法のお陰でより悪質な同人AVが出てきたり、自分のリスクで自分のセックスをアップロードして共有しましょうとかいう世紀末のようなサイトが世界的に大流行したり、偉い人たちが思うほどそそり立つちんぽこのリビドーの激しさってのはすさまじいのです。

 いち利用者からすれば、それこそ子どものころヒーローショーに夢中になったり、古いアーケードゲームやコインゲームを楽しんだりするためにママにお願いして塾の帰りに連れて行ってもらったデパートの屋上のゲームコーナーみたいなもので、じゃあいい歳になってそんなところに入り浸るかと言われるとそんなこともなく、昔のことを懐かしんでもいまはそこにアクセスもカネも落としません。2ちゃんねるは昔日の記憶となり、そういえばそういうところに人生の相当な時間を突っ込んだなと思い返すのみになるのです。ノスタルジーというのは常に美しくあるべきものであって、地元の老舗の蕎麦屋が潰れるにあたり残念だと言いつつそもそもそんなところで昼飯は食わなくなったから経営が傾いて潰れるのだということと同じ現象になるのでしょう。

 で、思い返すのは津田大介さんの『動員の革命』です。いわば、彼がまともで輝いていたころの代表作で、バランスの取れた彼の理想と直面する現実を、その時代のネット観という大海原をモチーフに描き切った意欲作です。その後、彼は滑走路を順調に走ってメディア人として飛び立ちみんなで敬礼し見送るべきところ、なぜか機体は左旋回していって離婚するわ不思議な秘書と再婚するわ家庭は構えるわで「うん… まあ頑張れよ…」となるわけですが、そんなことよりもこんにちのネットをうまく整理していたのはまだフレッシュだったころの西村博之と津田大介だったなと思うんです。

 いまでこそフィルターバブルという言葉ができて、好きなものを集める素材を自動的にソーシャルメディアがかき集めてくるのでさすがに人格歪むだろということで欧州やアメリカ、オーストラリアなどでは青少年の利用やデータの取得については大きく制限される法律が続々とできてきていますが、当時の2ちゃんねるは話題ごとに板がある匿名掲示板の良さがある一方、集まってくる基地外対策のために隔離板という手動エコーチェンバーが発動し、基地外収容のための専用板というコペルニクス的転換を果たす発明をひろゆきさんがやってのけるわけです。それも、たいして考えることなくセンスで決めてしまうという。

 そこへ、10年近くの時を経てネットがついにリアル社会との融合を無視できないレベルで進め、ひとつの行動規範、行動の理由としてネットがクローズアップされてきたところへ脂の乗った津田大介さんの論考があって、確かにそういう世界観に向かって進んでいったという時代になりました。ただ、それらは夢としてネットが多くの人を啓蒙し、正しい社会活動に対する理解と動員を促すという津田大介的世界観ではなく、アメリカ議会に煽られた馬鹿の皆さんが襲撃し、日本ではNHKをぶっ壊したり参政党が暴れたり、基本的に「ああ、俺たちはタガを外すと基本的に馬鹿の集まりだったんだ」と知覚させられるネット社会へと結実していくことになるのです。ええじゃないかと。これはもう人間ほっとくと一定の割合は一向一揆になるというディストピアに対して民主主義がどういうアンサーを出すべきなのかという深淵な問題を突き付けているように思うわけですね。

 しかし、これらの論考が結局は正しくて、思った方向に行かなかったのだ、その結果として立憲民主党は高市早苗旋風に思い切り吹き飛ばされてリベラル勢力が存亡の危機となり、衆愚政治のドライバー、レバレッジの支点としてのネットが確立するに至ります。なんてこったと嘆いてももう遅い、というか、人間その程度のものなのだということは充分に理解しておく必要があるのでしょう。

 生成AIの登場も、いいようにビッグテックにやられている世界各国のネット社会も、どういう形で国家が社会を統制し尊厳を取り戻すのかという道筋を模索するようになり始めました。ほっとくと馬鹿のほうが多いのだから社会はなるだけ政治に関心を持たせないようにしておくのが正解だった、という民主主義の限界をいま一度、締め直すために。戦う民主主義やデジタル立憲主義という考え方もようやく実効性ある法的枠組みを提案できるようになってきて、さてこれからどうするのかといったところです。

 ま、そのあたりのことも含めてJILISコンサルティングやその辺のお座敷で説明させていただきながら、まだ俺たちには夢は残されているんだ次の世代に良い社会を残すのが使命なんだと思いながら頑張ってまいりましょう。



 1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、新潟大学法学部大学院博士後期課程在籍。社会調査を専門とし、東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所上席研究員・事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所研究主幹。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。

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