世間には、あなたの想像もつかない「どうしようもなく駄目な人」もいる

2024/02/01 02時05分公開

 カズオ・イシグロさんが「私たちには世界各国の似たような考え方・立場の人と会って楽しむ横の旅行だけでなく、同じ社会・地域の異なる階層の人と会う縦の旅行も必要だ」という趣旨の話をしていて、そうなると私はさしづめエレベーター乗務員でしょうか。週に二日は産業廃棄物の事業で相談事に乗り、週に何度かは大学や政府の人たちと一緒に政策を議論しています。

 この辺は会ったことのある人たちの幅というだけでなく、そういう人たちとそれなりに深く接し、自分たちのやりたいことを理解してもらい、納得して動いてもらう、という経験のあるなしで解像度がグッと違ってきます。

 そればかりか、15分前に「分かりました」とか「やります」などと勢いよく返事した人が目の前でサボったまま締め切りの時間を過ぎたり、いくら施設内だからって飲酒して重機動かすんじゃないと指導しても赤ら顔でフラフラとユンボを転がしてるジジイもいます。何してんだよ。

 先日、テロリスト逃亡犯の桐島聡さんが藤沢市の某工務店(というか人足屋さん)で働いていて、末期がんでひっくり返って担ぎ込まれて中途半端にカミングアウトしてくたばるという事件が発生しました。これは大変なことだと思います。ただ、産廃業界では働く人の身元は労災関係でかなりガッチリ押さえられていて何かあったときに保険が出ないと文字通り下請けが倒産してしまってこちらも補償のため代位弁済しないといけないので会社ごとではなく個人全員点呼や、請負さんの場合は本人契約のスマートフォンを登録してもらうというのが一般的になりました。

 それでも、そういうスマホを持ってないジジイというのはゴロゴロいて、特に現場清掃なんかをやってもらう「いつもいるジジイ」は往々にしてこの爺さん誰やねんということがかなり頻繁に起きます。いや、ほんと誰なんだ。他の現場から流れてきたのでそのまま居ついている人もいれば、下請けが潰れてしまったので仕事を引き取ったときについてきた人もいる。でもそういう訳の分からん人がいるとこっちもリスクなので、弁護士にも相談したりして身元を割り出して身寄りがどこにいるのか調べてこいとやったりします。

 そして、身元がどうであるかに加えて、深刻に「どうしようもなく駄目な人」ってのがいます。パッと見分かりやすいのは歯がないので上手くしゃべれない人。往々にして、防塵マスクの上からすごい口臭を感じさせてくれます。手指の欠損やおまえ明らかに右目見えてないよなってのもいて、おそらく川口市役所にいって長らく国保の更新忘れてたから保険証を再発行してくれと言いに行くこともできないんです。歯がないのにとんかつを食べようとして噛み切れず食べられない食べられないと泣いているお爺さんを、私はどうしたら良いのでしょうか。

 外見であるあるなのは二週間以上風呂に入った形跡がないとか、脂漏性皮膚炎で顔真っ赤になっててヤバイとかいて、同僚からも同じロッカー室を使いたくないと言われます。事務室に入れるとボールペンとかモノが無くなるので、敷地に置いたプレハブ以外屋内は出入りさせないとか考えなければならないことはたくさんあります。

 それ以上に、外見はそこまでではないんだけど中身が壊れている人がいます。これは、若い人にも年寄りにもいるんですが、最近は粗暴なのは減ってきて、むしろ話が通じない、作業の指示を理解してくれない、タスクをこなすことができないけどそこにいるという人です。もう10年以上いるおっちゃんは典型ですが、一見普通に「ハイ、分かりました」っていうんだけど、全然やらない。明らかにお前が間違ってラインを止めたのに「俺じゃない」と他人に責任を押し付ける、なんてことが起きます。

 結果的に、コンベアに流れてきたペットボトルの川からビンや不純物を抜き出したり、キャップがついたままのペットボトルを取り上げて外すという作業しかさせられないのですが、これはこれで大事な作業なのでいないと困るってポジションがみつけられればそういう「どうしようもなく駄目な人」でも置いておける面はあります。

 そういう「どうしようもなく駄目な人」でも、何と引き抜かれることがあります。「あれ、あいつ朝礼にいないな」と思って施設長にどうなったと聞くと、物流倉庫に引っ張られて先週辞めましたとか言われる。抜いてまで、雇うところがあるんだ… そして月給手取りでだいたい33万のところを、先方では週給7万で移籍したことを知り、おまえそれ減俸じゃねえかと愕然とすることさえあります。そして、数カ月後に何食わぬ顔して戻ってきていたりして、こいつら本当にどうしようもなく駄目だなって思い知らされることになるのです。

 桐島聡さんはおそらく月額3万5千円から4万円ぐらいの風呂トイレ無しの木造アパートを宛がわれていたようですが、私らもボロアパートには無駄に詳しいので飯場のような仮設住宅に常時作業員が寝泊まりしています。ウチはホワイトな職場で周辺もまあまあホワイトなので、休日はみんなで競艇に行ったりスーパー銭湯に連れ立ったりしているようです。あの不潔なやつがたまにピッカピカのオールバックで月曜元気にやってきているときは、だいたい見かねた周囲に連れられて無理矢理風呂に入れさせられているのだと聞きました。

 最近は、北関東で技能実習していた東南アジアからの外国人も増えてきました。あれっ、国内で無断で転職しては駄目なのでは、と思うんですが、技能実習2号から3号になるときに移れるという話があったようで、最初何かの農家で働いていたのがパワハラに耐えかねこちらに移ってきたところ、特にストレスのない職場で働きやすいので定着したという感じです。その辺の制度は良く知りませんが、知らない間に彼から評判を聞きつけた同国民の皆さんが増殖したのできっとうまくいっているのでしょう。

 そして何より、私らの業界では前述の通りたくさんの「どうしようもなく駄目な人」の集まりで運営せざるを得なかったものが、外国から来た皆さんは理由があって稼ぎたいうえ、外国に行っても大丈夫なタフさと日本語や仕事を覚える熱心さ、それに耐えられる一定水準以上の知能・知識を備えているため、よく働いてくれます。保証人になってあげるからそのまま日本に帰化して家族をこちらに呼んだらどうかと提案して、そのまま一家8人埼玉に引っ越してきた強兵もいます。赤ちゃん可愛いね。

 そうなると、やっぱり面白くなく感じる日本の駄目な人連合が、彼らをイジメないようにすることに腐心はしました。また、慣れない日本で本人はゴミ出し騒音その他慎ましく暮らす術を身に着けていても、奥さんご兄弟お子さんはまだそうではなく騒動は絶えません。それでも3年4年もすると立派な川口市民になるようなのでまあいいかといったところでしょうか。

 そして、常時40人、入れ代わり立ち代わりで言えば年で60人ちょっと若者からジジイまで雇っていると、まともな人は「もっといい稼ぎの仕事に移ります」とか「小銭が溜まったので大学に行きたいんですがどっかないですか」などの話になります。ああ、まあどんどんチャレンジしたらええがな。でも、頻度で言えば年に1人か2人ですかね。割合はとても少ないのが現状です。50代になんなんとする幹部さんには背広を送って新橋のちょっとした人事研修に行かせたりもしました。いつまでもこの界隈の仕事だけやって家族養って一生を終えるなんてのはもったいないと思うからです。少しは縦の旅行をしておいでと思うんですが、感想を聞いても「はぁ、いや何だかよく分かりませんでした」やら「そういう世界もあるんだなという感じでした」という雰囲気で、ああそうかって感じなんですよね。

 これは私の発案ではなかったんですが、ある職員が音頭を取って、希望者だけ集めて草津に温泉に連れて行ったりしたようです。会社の福利厚生費が貯まっていたとのことなんですが、経営陣がそれを知ったのは事後でした。考えようによってはおまえそれ横領やないかという感じでしたが、まあたいした額ではないし本人たちも笑顔でさっぱりしていたので次からはちゃんと形だけでも稟議取って承認もらってからにしてくれよとくぎを刺してそこで話は終わりました。

 まあ、これが社会だし、そういう人生の塊ってのもあるんだってことだと思います。親父の代から比べれば、少しは良くなったかなと思いますが、今度は物流2024年問題が控えていて正直大変だなと感じながら私もたまに営業さんに同行して値上げの相談をしたり、商工中金に行って新しい借り入れを起こしたりしていました。「大変ですね」って銀行の人からは言われるけど、まあもちろん大変な面もあるけど、問題は私の時間的な行動ポイントが足りないことぐらいでやることは分かっているしどうにかなっちゃうんですよね。酔っぱらって地元の外国人同士で殴り合いとかして警察呼ばれるようなことさえなければぼちぼちやれてます。

 で、この手の経営者同士の交流かいってのが半年に一度(?)だかあって、呼ばれてたまに顔を出すのですが、名刺交換して、講師の話を小一時間聞いて、ビール飲んで帰ってくるだけで何かいいことがあった記憶がありません。あれってどうなんですかね? 私に野心や性欲が乏しいから声かけても向こうもつまんないのかなと思って、こっちからも無理ににじり寄ったりはしませんが…。

 でもまあ世の中ってのはこういうものなんだなってのは、50歳を超えて、少しだけ、分かってきたような気はします。画像はAIが考えた『世の中は、中の下のクラスでもやっていけるようにできている』です。


 1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、新潟大学法学部大学院博士後期課程在籍。社会調査を専門とし、東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所上席研究員・事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所研究主幹。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。

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