こども食堂で嫌な思いをした私が、綺麗事では済まないこども食堂について書くぞ(茂木敏充さん絡み)

2025/09/24 20時35分公開

 こども食堂については、過去記事でも触れましたし、公開していないけど面倒ごとも多くていまは関与ほぼゼロです。

 たまに月間数万円程度、実費のところで寄付することがある程度でしょうか。これは善意で、みんなのためにやっているというよりは、地域で子どもを支える活動をするとかいう謎のムーブメントがあるので仕方なく費用負担を一部しているだけで、個人的に、こども食堂自体にあまり意義はないと思っています。

埃舞う川口の工業地帯で、失業者しか住んでない地獄のボロアパートの大家になった話

https://www.rakumachi.jp/news/column/362023

 そんななか、茂木敏充さんがこども食堂を視察し、そこで誕生日ケーキを振る舞われた一件が燃えて、いろんな人がいろんなことを言うような感じになってます。まあそんなのどう思おうが構わんぞと私は感じるのですが、これから我が国の総理(になるかもしれない)自由民主党の総裁選に候補者として出ておられる茂木敏充さんの沽券に関わる部分でもあるので思うところを雑記します。

 noteで乙武洋匡さんがこども食堂は単なる貧困対策ではなく、学校や家庭、地域に居場所がなかなか作れない子どもたちのサードプレイスになってるよ論を書いておられて、これはまあ賛同です。

子ども食堂は、「なくすことがゴール」なのか。

https://note.com/h_ototake/n/nd8e780664671

 というより、地域や企業がカネを出しあって、良かれと思ってこども食堂を立ち上げると、だいたいにおいて余計なことが付随して起きるわけです。学校の勉強についていけない子供たちの宿題を見ろであるとか、男を連れ込んでいるシングルマザー家庭で子どもが家に居られないから一晩泊めてやれとか、DVの相談をしている途上だが子どもをとにかく一時間でも長く家庭から剥がす必要があるので面倒を見ろとか。

 なかば、ファミレス代わりに母子でこども食堂を利用するような雰囲気にすらなってしまう。本人たちにその自覚は無いとしても、それでもいいから食べていきなよと言える人、そしてそれを継続してやっていける人だけが、こども食堂をなんとか切り盛りできるんじゃないですかね。

 ごく最近、身近なところで経験したのは、苦学生の男女が学生結婚して産んでしまった女の子を、夫婦で失踪した若い本人たちの連絡が取れるまで10日ぐらい面倒を見るという話で、児童相談所の一時預かりでは対応できないケースでは「地域が」「結果的に」ケツを拭くということが発生します。普通、起きないんだよそんなことは。民生委員や自治体有志の善意や頑張りでは目いっぱいだし、児童相談所もケースから外れると何もできないという話になってしまう隙間を埋めるにも限界があるのです。

 しかも、これらのケースは「内々で処理」されます。こちらも何かあったら怖いので弁護士に相談したり、証憑類や録画録音の類はちゃんと残しておくよう考えながら対応しますが、そもそも「やらんでもいいことをやらされている」のであり、これらはこども食堂や、そこから派生したサードプレイス的なものに関わらなければ起きないイベントなので、正直、しんどいことのほうが多いです。

 地域の子どもたちにサードプレイスが必要だというのは分かりますし、こども食堂が大事な機能を果たしていると言われればそれはまあそうなのかなとも思います。ただ、善意だけではやはり続かず、無理矢理介入してくるNPOの皆さんが本当に何かないかの確認など取りようもないし、事件や事故が起きればケツを拭かなければなりません。なによりも、貧困で飯が食えないと言ってやってくる家庭はその半分以上はワケアリで、やせ細っている子どもにチーズやベーコンでも買ってやればいいところを本人は泥酔していたり、出産後ヤリ捨てた男の消息が分からないのでお前が探してくれないとここで自殺すると喚いたり、まあいろいろあります。

 そういうある意味で社会からも家庭からも見捨てられた子どもに罪はないのでせめて腹いっぱい食べて行けよというのは純然たる善意だったとしても、善意だけでは資金的にも精神的にも続けられません。なによりも必要なのは愛情と責任感であって、関わるにあたっては、誰かから(親でなくても良いと思う)大事にされた経験や、誰かを大事にした経験、お祝いをしたり、何かをしてもらって「ありがとう」と言えること、そういう環境を長く続けられる責任をきちんと持つことであり、一口に言えば愛情を子どもに分け与えること、共有することです。無償の何か。ありがたいことをしてもらって、お礼をしたくなる気持ちを持てるようにすること。

 なので、ちゃんと関わり続けてくれるのであれば、視察に訪れた茂木敏充さんが施設から気を遣われてケーキを振る舞われたのかもしれないが、自分たちが何かをして、喜んでくれる誰かがいるというのは大事なことだと思います。たとえ、それが茂木敏充さんだとしても。むしろ、総裁選云々は別として、人間として、茂木敏充さんがこども食堂に関わり続けてくれるのだとしたら、それは多くの関係者や子どもたちにとって福音になるだろうし、単に今回の事案の断片だけを見て「茂木敏充はけしからん」という必要もないし、こども食堂とはそもそも何か(ネットリとやる意味もあまりないと思います。

 よく「助けられるべき人たちは、助けたくなるような姿や態度をしていない」という類の話は出ます。関係者や親御さんたちだけでなく、子どもにおいても、明らかにヤバいやつがいる。子どもという点では、魔法の才能のないトムリドルみたいなのが、どこにも居場所が無くてサードプレイス的にこども食堂に入りびたり、いろいろモノが無くなる経験、どこのこども食堂でもしてると思います。私ももうそういうのには関わりたくはないけれど、それでも頼まれれば多少でも足しにしてもらえる資金を入れるのは、やはり「一歩間違えたら、私もそういう施設にお世話になる側だったかもしれない」からに尽きます。




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 1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、新潟大学法学部大学院博士後期課程在籍。社会調査を専門とし、東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所上席研究員・事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所研究主幹。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。

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