朝日新聞と共産党と私

2023/09/18 15時58分公開 / 2023/09/18 16時07分更新

割と顔見知りや知人が多いのは仕事柄人と会うことがとても多いからと、私がかなり人の顔と名前を覚えるのが得意だからだと思うんですが、町内会の行事やマンシャンの管理組合で「おや」と思う属性持ちの人がいます。

一番気になるのは「よく分からないクレームを言ってくる人」です。

マンション保有の雨樋が壊れて玄関前が水浸しになりそうだったので、管理会社通じて補修をしてもらう工事を手配したのですが、施工業者の人に区分所有の住民が「なぜ無断で工事しているのか」と詰め寄っている現場を目撃したときは目眩がしました。馬鹿なのかな。

理由を聞いてもなんだか良く分からないので、お前の言っていることは何だか良く分からないと伝えたうえで、その場を離れて工事の邪魔をしないように伝えました。

なぜ説明するかというと、こういう人たちは心のどこかで、工事の邪魔をすると誰かが地元対策費とか迷惑料などで現金を包んでもらえると彼らは期待しているからです。その不労所得の期待を打ち壊さないと彼らは何度でも妨害してくることがありますので、ちゃんと説明しておかなければなりません。

ただ、説明しても納得どころかだんだんエキサイトして大声を出し始めたので、大声の得意な私はそれを遥かに上回る声量を投入して制圧し、なだめすかして駅前のドトールに連れていく難度Aのロールに成功しました。アイスコーヒー啜りながら彼の日々の生活がいかにうまくいっていないかを涙ながらに聞かされ、毎日途方もないヒマと戦っていること、世間の全てが敵に見えること、かといって自らどうにかしようにも痛そうだから踏ん切りがつかないことなど明るい話題で盛り上がり、最後は中古の0円スマホ買ってやるから駅のWi-Fi繋いで明日からちゃんと日雇いに出ようと約束して、絶対返ってこないであろう千円札を一枚渡して牛丼でも食って帰れよと別れました。

そういう生活保護の人たちは言っていることはめちゃくちゃでも、背後関係はハッキリしているので人間性のアレさは別として相応の「距離感」さえ掴めていれば理解はできます。

一方で、問題なのは世の中からは高い知性を持っていると思われているはずの新聞記者さんや政党関係者がいかれたことを意味不明の根拠で物申し、しかも事柄が終わると見事に綺麗に全部忘れていることです。

8月下旬も、断続的な海外出張と家族旅行の準備でクソ忙しいところで近隣に住む顔見知りの朝日新聞の記者さんから取材を受けました。取材と言っても私の意見など絶対に記事になることはなく、相手するだけお互いに時間の無駄と思いつつも、毎回この手の話題があると律儀に声をかけてくるこの記者さんは長年の付き合いなのでネットでもリアルでも何かが起きて思い出した頃にやりとりをするのです。

もちろんお題は「ALPS処理水の放出」です。彼は反対の立場であって、ネットでも政府方針に納得できないと批判していたので彼が考えた結果は知っています。ただ、そこにいたったロジックはなんなの。

近くのドトールでいいじゃんと思いながらもなぜかパレスホテルの小洒落たティールームで落ち合って2時間ちょっと紅茶挟んで話し合ったんですが、まあ地獄でした。

彼曰く、かなり本気で「政府や東京電力は信用できない」とか「IAEAは日本に雇われた堕ちた機関だから『安全だ』とする報告書は疑わしい」とか「日本は中国や韓国など近隣国が感じる不安に寄り添うべきだ」などと主張してくるのです。なるほどですね。ロジックとしては、東京電力から提出された資料を吟味しただけで立入検査したわけでもないIAEAの報告書で安全だと言われても誰が信用するのかという話で、要は、ALPS処理水の放出に問題がある「可能性」を示唆する情報にフルベットしているわけですよ。

もちろん原発に限らずこの世に絶対なんてことはないし、避けられるリスクは回避するべきだという理屈は分かりますし、そもそも原子力発電は最終的に国内では処理できない核のゴミが出るのだからトイレなきマンションで、最終処分費が発電コストに計上されずに安価な電力だと原子力発電が扱われていることに問題を感じる人がいるのは分かります。

ただ、今回の議論は特に長期的なエネルギー政策がどうだという話ではなく、すでに起きてしまった福島第一原発事故の事後処理にあたって適切に処理された処理済みの水を海洋放出するだけの話であって、それが問題だとするならば欧米も中国も韓国も日々福島の数十倍、数百倍レベルの「汚染水」を海洋放出しています。他の国がやっているから日本がやっていいのかと言われるんですが、海洋環境や健康にはほぼ影響がないと分かっていて他の国がやっていることを日本ができない理屈はありません。また、処理の終わった水をいつまでもタンクに溜めておくことなどできませんから、いわゆる出口論は必要です。

いつまでも納得できないと仰るので、納得したくないだけなんしやないですかと応じるほかないのです。では、貴殿はALPS処理を開始する2017年ごろからそのような施設を本格稼働させるべく官民で研究を進め実施してきたことを知っていて、それに反対しましたかと伺うと、知らなかったという。いま、そんな大問題だと騒いでいるのに、大元となった処理方針の決定も国費投入も進めていた研究開発の中身も全く知らなかったんですか。

そして、除染や凍土壁にかつて反対していたことも忘れている。話が終わってしまうと、騒いでも仕方ないとなって次の話題にいって過去は忘れてしまう習性が、彼らにはあるように思うのです。言われてみれば、彼から初めて身分を明かされて取材を受けた内容は秘密保護法と特定秘密に関する話で、国民の知る権利に対する重大な違憲だと大騒ぎしていましたが、あれから法律は無事成立し施行されているものの彼らからフォローアップのように思い出されて取材されることもなく現在に至っています。そのときはあれだけ大問題だと騒いでおいて、成立して日常になってしまうとそんなに都合よく忘れてしまうものなのでしょうか。

さらに、まあまあ偉いとされる共産党の人たちも近隣におります。暮らしていると朝日新聞の記者さんも交えてどうしても顔を合わせることになるのですが、隣人としての彼らは紳士であり、面倒なことを起こさないばかりか行事にも参加して対応は丁寧なので、人としてすごく信頼しています。

ただ、私が原子力学会誌に処理方針について賛同する巻頭言を発表した直後に「聞きたいことがある」と連絡してきて、ドトールでお目にかかると滔々と問題点を指摘してこられました。朝日新聞記者さんとテーマは近いですが、どちらかというと原子力は発電も処理も含めて中長期の影響が分からないので慎重であるべきだというスタンスでした。

その原子力がなくて電気代が高騰したら、あなたがた共産党員の生活も苦しくなって物価も上がるけど、そうなれば物価が上がったと政府批判をするのが共産党なんじゃないですか、と応じると、そうだ、電気など不足しても構わない、大事なのは国民の暮らしを守る原理原則だ、と坂本龍一みたいなことを言い始めます。

国民が快適に生きていくためのエネルギーをきらせることなく安価に供給するために官民で努力してインフラが維持されているのに、円安により高騰するエネルギー価格を放置して足りなければ国民が我慢すればいいって話はどうなんかなと思います。

さらに、人体や海洋に対する長期的な影響の話をされても、イングランド海峡や中国で大量の「汚染水」が出続けてきたのは20年以上前からであり、その間も、私たちはノルウェーからの輸入サーモンを食べ、日本海産のカニを楽しんでいます。世界規模な汚染が日本発でと言いたいのは分かりますが、いま起きていないリスクを根拠なく将来あるかも知れないと言われても納得できる人は少ないでしょう。

繰り返し「汚染水で福島の漁業が風評被害を受けている」と主張していましたが、これも結局、もはや解決して普段の生活に戻るべき福島県民に対して被害者のレッテルを貼り、いつまでも救済され配慮されるべき可哀想な福島県民だとし、汚染された福島に対して責任を取れと言い続けているだけなのではないかとも思います。

結果的に、特に根拠のない風評被害対策でもはや持続不能な人口になっている福島の漁業に800億円もの対策費が投じられ、これらはほぼ国民の税金です。言わば、クレーマー対策やノイジーマイノリティーを黙らせるための捨て金として、文字通り地元対策費や迷惑料として払い続けてきた面があると思うんですよ。冒頭の、マンション補修工事に反対する生活保護の人が何かを学んでことあるごとに反対している状況と極めて似ています。

これは、正当な抗議なのか単なるクレーマーなのかの見極めも難しいところですが、例えば沖縄の基地前で縁もゆかりもない人が不法に座り込みをして工事を妨害しているのを排除されたり、野党ヒヤリングと称して担当する役人を呼び出して面前で罵倒したりする行為と何ら変わらないと思うんですよ。

荒唐無稽でもそのような主張があって報じられてしまうと、物事の推移を知らない人たちは一定の割合で「そうなのか」とか「可哀想だな」などと思ってしまうのも事実なわけで、これはもう、民主主義のコストとしか言いようがないのでしょう。

そして、分断だという話はよく出るので、より上位概念の憲法や民主主義はお互い固く守る考えであることは確認しておくべきです。民主主義国の法治国家である限りにおいては、お互いを尊重するわけですから。そして、話し合っても相互理解に至らない相手もいるのだとよく承知した上で、にこやかに話し合える内容でだけ付き合うことを徹底しないといかんのだろうな、と。

 1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、新潟大学法学部大学院博士後期課程在籍。社会調査を専門とし、東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所上席研究員・事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所研究主幹。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。

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