峯村健司「中国の人質外交に対抗を」の懸念と課題

2023/04/05 17時36分公開

 夕刊フジに峯村健司さんが論点を掲載していて、さっそく方面筋で物議を醸しています。


【ニュース裏表 峯村健司】アステラス製薬幹部の拘束事件にみる習近平氏の「安全観」 日本は国を挙げた〝人質外交〟対策を https://www.zakzak.co.jp/article/20230401-6PJYBLESGNJGHOQNYV5ZSBJUFU/


 記事中「領事面会を(中国当局が)拒否している」としていますが、中国に限らずイミグレで長時間留め置かれたり(私もよく経験する)、商談だと思ったら当局関係者で長時間連れていかれたり(私もよく経験する)する場合は特に領事面会どころかおらんくなったことも領事館が知るのは事後であることも多いですから、それほど不自然なことではありません。


 で、先日も北海道大学教授が拘束されたり、今回は中国経験の長い製薬会社幹部が連れていかれたりする件で外交問題に発展するのは、中国当局が割とはっきりと「拘束しました」と宣伝してくるからであって、必ず意図があり、何らかのバーターであることを知らしめたいという意識が中国さんサイドにあるからです。それ以外の当局拘束はこのような記事になることは少なく、また、仮に拘置中に殴られるとか資産を奪われるなどの被害が出たとか具体的なことがあっても、日本の外交当局はもっぱらカントリーリスクとしての渡航情報での危険が具現化しました以上の対応はなかなか取ってくれないよ(取ってくれる親切な領事館も少なくなくいるけど)というのが現実です。


 悪く言えば、入国や出国の際のイミグレで、うっかりまっさらなパスポートにするのを怠ってイスラエル入国履歴のスタンプでも捺されていたり、航空機に荷物を預けず手荷物だけでそこそこ高価な電子機器を持ち込んでいたりすると、かなりの長時間の別室での尋問を受けるケースなどはあまり想定してもらえません。初めてそういう経験をする駐在さんはだいたいこの時点でビビるし、この程度でビビんなよというのは良くない意味で馴れてしまっているのだとも言えます。


 さて、本件記事では峯村健司さんが「習近平政権が重視している『国家の安全』の概念が関係している」としています。私も多分そうだろうと思いますが、理由なく無原則に発動するものではありませんので、何らかトリガーがなければいけません。


 その報復のトリガーとは、おそらく2月に離任した駐日中国大使孔鉉佑さんの帰国に際し、本来は儀礼的に総理大臣である岸田文雄さんとの面談が組まれるはずが、何らかの事情で面会がスルーされ代わりに外務大臣の林芳正さんが対応したうえ、外務省が公式発表せず、さらには総理面談が叶わなかった事実が岸田文雄さんの電撃的ウクライナ訪問でのゼレンスキーさんとの対談&モスクワでのプーチンさん習近平さん首脳会談が行われた3月21日の後、25日に「分かった」として報じられたことにあるのではないかと思っています。


中国の孔鉉佑・前駐日大使の離任時、面会せず 岸田首相 - 日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2531C0V20C23A3000000/


 いわば、日本の外交や日程の都合で面会を拒絶されたことで中南海的には大変なメンツ不全に陥り、駐日大使の離日時に総理面談ができなくなる前例を作った孔鉉佑さんの立場を弱くするものであるし、たびたび延期された結果、中止になった習近平さんの来日において幻となった日中友好宣言に続く第五の政治文書問題では孔鉉佑さんの問題ではないにもかかわらずいろんな議論が飛び交ったのもまた事実ではないかと思います。副首相の王岐山さんの件もありますし、中国国内の序列的にはいろいろと感じるものがあります。


 つまり、上記事件がトリガーであるという説が一定の事実を含むのであれば、いわゆる普通の反スパイ法での拘束で実体的に何かアステラス社幹部が嫌疑を持ってやらかしたというよりは、よりセレモニカルな外交上の理由で中華外交当局による報復として一番日中関係に影響がありそうな人物を狙ったということになるのではないかと思います。


2022年上半期の日中貿易、日本の輸入は過去最高を更新(中国、日本) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース - ジェトロ https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/08/eff28fc0d5cd7f60.html


 ネットでは林芳正さんの媚中姿勢に対して批判が出るところではありますが、実際には日中貿易は過去最高を記録し、また貴重な貿易黒字も計上されているところですので、一連の対応でいえば外務大臣としての林芳正さんは上手くやっている方だと思います。むしろ、思った以上に理念型政治家だった岸田文雄さんが欧米協調路線を敷く下で現実的な外交対応を手掛ける林芳正さんはコンビとして硬軟使い分けられて良いのかなと。


 画像はAIが考えた『盤面的に取りやすいところにあったのでとりあえず取られてしまった桂馬』ですが、どのAIも桂馬が分からなかったようでまともに画像が出てきませんでした。残念でなりません。

https://yakan-hiko.com/kirik.html


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 1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、新潟大学法学部大学院博士後期課程在籍。社会調査を専門とし、東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所上席研究員・事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所研究主幹。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。

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