日本学術会議のアレ

2025/05/08 17時03分公開 / 2025/05/08 18時25分更新

 まだ揉めてるのかって感じですが、もともとは当時の菅義偉さんと杉田和博さんの人選問題に絡み、宇野重規さんや加藤陽子さんら6名を会員任命拒否に至った一件での話だったわけですよ。

 これは当時も異論が中であった、というより気が付いたらまともな学者さんも外す話が流れてきて後から知ったということであって、俗にいう受け身の取れない案件だったうえ、実際には過去にも会員任命拒否はあってそこまで問題にならなかったから「いろいろあるかもしれないから、一回見送りでいいんじゃないか」という程度の認識でやらかしたものなのかなあとも思料するところです。

 ただ、やられた側からすれば「ふざけるな」となるのは当然であって、実際に日本学術会議は問題だよね、あんなもんの予算を国が丸抱えでやるべきじゃねえだろという議論はありつつも、法律をいじったり、国費全額召し上げまで熱量を上げるつもりもなかったんだと認識しています。言い方は悪いですが、時代遅れの戦後左派のサロン的なガス抜き装置として日本学術会議を位置付けている人も多かったし、特に頼み事もしなければ人畜無害で、たまに反戦運動でウザい協賛・後援がある程度で、まあそういう人たちも学識のある中ではおるだろう、そもそも学者ってのはそういう変な人もいてこそだからね、みたいな鷹揚さがあった時期もありました。

 雲行きが変わったのは本件問題が出る前に、学術界で声望の高い梶田隆章さんが会長に就任してからで、いまでいう「ナショナルアカデミーの5要件」や会員選考における自主性・独立性ってのの下敷きが議論された際、私も端っこで小さくなってきいてましたがそもそも国がカネを拠出して公益に資する科学的な議論を行う組織が、従前の左派サロン的なメンバー中心の選定でやっているのに「自主性」ってのは何なんだってのはあります。むしろ、それってのは権威性なんじゃないかとさえ思うわけですよ。確かに優れた研究者、学者の集まりであって、実績も人格も備えている前提で人選するならばそうなのでしょうが、会員からも実態ヒヤリングしたりとか、要望なんてのも多数出ておりましたから。

 さらには、杉田裁定の決定打になった話の一角は中華国策の「千人計画」に具体的な加担をしたとされる大学教授や研究所トップが複数日本学術会議で得た研究者リストをもって渡中し、日本での有力な研究をやっている人をピンポイントで狙って中国のトップ大学や研究室に露骨に研究資金提供を餌に工作を掛けてきていたからです。これは、いまでも面倒なことはたくさんあり、国からカネをもらって活動している学術団体がなんでそんな売国奴も同然のことを平気でしでかしているのって、現場で調査している側からすると思います。問題のある人物が多すぎて、渡航歴全部を洗うことすら困難で、ヒヤリングを受けながら、影響を排除することができればラッキーぐらいのもので、まあ大変です。

 私ですら、身体検査の依頼を受けて片手間に流れてきた案件を処理するだけで年間60名ぐらいの大学教授・准教授以下センセイがたや、シンクタンク・研究所にお勤めの皆さま方の近況を拝見しているわけで、これが当局であるならば、日本にいながらにして中国人民解放軍系企業などからコンサル料・技術提供料などの名目で月何十万か振り込まれて喜んで協力している人たちを炙り出せるわけです。

 んで、先般アメリカの有力シンクタンクCSISが年初に「中国軍が2026年に台湾へ上陸作戦を実行すると想定した独自に実施した机上演習(シミュレーション)の結果」なるものを公表しました。結論から言えば、日米がちゃんと台湾を支援すればかなりの損害は出しつつも中国単独で台湾を併合することなどできないという話なのですが、ここで日本の役割が大きいことが重要です。シンプルな話、アメリカとの関係が悪くなるか、台湾への支援に尻込みすると中国は台湾を武力制圧し併合することができるという内容です。

 つまり、中国からすれば日本政府がアメリカとの関係を相対的にしたり、そのときの総理大臣が犠牲を払ってでも民主国家である台湾救済するのだという決断をできなかったりすれば、目的を達成できる可能性は高まります。そのような冒険的な軍事侵攻を行わせないためにも、アメリカと日本は台湾を守る意志が強いのだなと思ってもらう必要があるということになります。

 ところが、政府が学術的な諮問機関でもある日本学術会議の反戦的な論述を根拠に台湾有事への介入を忌避したり、国民世論的にアメリカとの決別を主張する国民が増えてきたり、単純に平和希求への動きが日本国内で揺らぐと当然問題になるわけですから、中長期的に見て、そのような障害になる恐れのある日本学術会議には飲みづらい条件を吊るしておいて、蹴らせて国策から排除する必要がある、という筋道にもなるのです。そして、日本学術会議側も「え、そこにこだわるの」っていうレベルであんまり考えてないようなさまざまな論拠でいろんなことを言ってくるので、現場としても「ああ、じゃあまあ日本学術会議は普通の民間団体として頑張ってもらうんでいいんじゃないかな」と思ってしまうのです。

 個人的に惜しむらくは、そこに日本学術会議という集団が左派的だなあ、千人計画に加担する問題人物も多いなあ、という、部分による全体否定が先行してしまい、そこに参画する学者さんや研究者個人個人の考えや想いにはついぞ至らない点にあります。言い換えれば、日本学術会議の中にもまともな会員さんは多いのは間違いないし、現状をきちんと説明して、政府がどういう情報に基づいていかなる判断を下してきた経緯があるのか理解してもらえるのであれば、全面的ではないにせよなにを気にしていて、中長期的にはどういう関係が築けそうかの青写真ぐらいは描けたんじゃないかと思うわけです。

 ただ、もうすでにイキリ立っていて公費から排除などとんでもない、条件付けするな、すべてを受け入れろと仰る有力会員さんも少なくない中で、ただでさえ多忙な政府関係者が時間を取って膝詰めで日本学術会議をあるべきところに戻していくような気力も湧かねえわなというのが正直なところです。いや、確かにあなたがたは凄い学者さん、研究者さんなのは分かるんだが、自前資金も取って来れないような研究室から国費を巻き上げられるのが困るって以上の話がないのなら交渉にならないのも当然じゃないかと思うんですよ。非常に不幸なことだけど、そんならすでにカネ突っ込んでホルホルしている卓越大学やら10兆円ファンドなど新しい枠組みにきちんとベットしてやってったほうがいいじゃん、という。

 もっとも、私がキレているのは別のところにあります。日本にこれから必要なエネルギー開発において、原子力や海洋研究、素材関係など、若者にとってはイメージがつかない、ピンとこない学術分野にどうやって魅力を感じてもらって人材育成していくかが国益の根幹に来ている現状があるんですよ。それに対して、日本学術会議がいままで具体的な政策提言のひとつもしてきてくれたのか、そういう分野に若者が来て未来を見た国や社会の足腰に繋がるような施策になったのか、ってのは問い直されないといかんと思うんです。左派サロンであり反戦だってのはまあ分かるにせよ、国の言う原子力の平和利用は嘘だとか、基礎研究にカネをつけない国の科学政策は不毛だなどの議論って、結果的に、千人計画への売国奴的な加担よりもはるかに有害だったんじゃないかと思ったりもします。自分から認知戦に負けにいっているようなものですし。

 ピュアにそうお考えの会員さんについては、まあご意見はもちろん尊重します。ただなんていうの、我が国の科学技術の未来や産業競争力を見返していったときに、そろそろご退場いただかないことには… と思ってしまうんですよ。山本家も、おそらく理系に進むであろう三兄弟がおりますから、次世代により良い研究環境と社会を引き継ぐために何ができるのかはどうしても考えてないといけませんで。

 1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業、新潟大学法学部大学院博士後期課程在籍。社会調査を専門とし、東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所上席研究員・事務局次長、一般社団法人次世代基盤政策研究所研究主幹。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。ブロガーとしても著名。

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